江戸川乱歩全集

少年探偵団

 江戸川乱歩著 出版:1937年

東京に現れた「黒い魔物」により次々と少女が誘拐されていく。少年探偵団と明智先生によって犯人を追いかけるのだが。。

江戸川乱歩の代表作。


11.四つのなぞ


1. 黒い魔物
2. 怪物追跡
3. 人さらい
4. のろいの宝石
5.黒い手
6.ふたりのインド人
7.銀色のメダル
8.少年捜索隊
9.地下室
10.消えるインド人
11.四つのなぞ
12.さかさの首
13.屋上の怪人
14.悪魔の昇天
15.怪軽気球の最後
16.黄金の塔
17.怪少女
18.奇妙なはかりごと
19.天井の声
20.意外また意外
21.きみが二十面相だ!
22.逃走
23.美術室の怪
24.大爆発

11.四つのなぞ

世田谷の洋館でインド人が消えうせた翌々日、探偵事件のために東北地方へ出張していた明智名探偵は、しゅびよく事件を解決して東京の事務所へ帰ってきました。

 帰るとすぐ、探偵は旅のつかれを休めようともしないで、書斎に助手の小林少年を呼んで、るす中の報告を聞くのでした。

 小林君は、もうすっかり元気を回復していました。聞けば、緑ちゃんも翌日から熱もとれて、おとうさまおかあさまのそばで、きげんよく遊んでいるということです。

 小林君は明智先生の顔を見ると、待ちかねていたように、怪インド人事件のことを、くわしく報告しました。

「先生、ぼくには何がなんだかさっぱりわからないのです。でも、みんなのいうように、あのインド人が魔法を使ったなんて信じられません。何かしら、ぼくたちの知恵では、およばないような秘密があるのじゃないでしょうか。先生、教えてください。ぼくは早く先生のお考えが聞きたくてウズウズしていたんですよ。」

 小林君は、明智先生を、まるで全能の神さまかなんかのように思っているのです。この世の中に、先生にわからないことなんて、ありえないと信じているのです。

「ウン、ぼくも旅先で新聞を読んで、いくらか考えていたこともあるがね。そう、きみのようにせきたてても、すぐに返事ができるものではないよ。」

 明智探偵は笑いながら、安楽イスにグッともたれこんで、長い足を組みあわせ、すきなエジプトたばこをふかしはじめました。

 これは明智探偵が深くものを考えるときのくせなのです。一本、二本、三本、たばこはみるみる灰になって、紫色の煙とエジプトたばこのかおりとが、部屋いっぱいにただよいました。

「ああ、そうだ、きみ、ちょっとここへ来たまえ。」

 とつぜん、探偵はイスから立ちあがって、部屋のいっぽうの壁にはりつけてある東京地図のところへ行き、小林少年を手まねきしました。

「養源寺というのは、どのへんにあるんだね。」

 小林君は地図に近づいて、正確にその場所をさししめしました。

「それから、篠崎君の家は?」

 小林君は、またその場所をしめしました。

「やっぱりぼくの想像したとおりだ。小林君、これがどういう意味かわかるかね。ほら、養源寺と篠崎家とは、町の名もちがうし、ひどくはなれているように感じられるが、裏ではくっついているんだよ。この地図のようすでは、あいだに二―三軒家があるかもしれないが、十メートルとはへだたっていないよ。」

 探偵は、何か意味ありげに微笑して、小林君をながめました。

「ああ、そうですね。ぼくもうっかりしていました。表がわではまるで別の町だものですから、ずっとはなれているように思っていたのです。でも、先生、それが何を意味しているんだか、ぼくにはよくわかりませんが。」

「なんでもないことだよ。まあ考えてごらん。宿題にしておこう。」

 探偵はそういいながら、もとの安楽イスにもどって、また深々ともたれこみました。

「ところで、小林君、この事件には常識では説明のできないような点がいろいろあるね。それを一つかぞえあげてみようじゃないか、これが探偵学の第一課なんだよ。まず事件の中から奇妙な点をひろいだして、それにいろいろの解釈をあたえてみるというのがね……。

 この事件では、まず第一に黒い魔物が、東京中のほうぼうへ姿をあらわして、みんなをこわがらせたね。犯人は、いったいなんの必要があって、あんなばかなまねをしたんだろう。

 こんどの犯罪の目的は、篠崎家の宝石をぬすみだすことと、緑ちゃんという女の子をかどわかすことなんだが、黒い魔物がほうぼうにあらわれて、新聞に書かれたりすれば、わたしは、こんなまっ黒な人種ですよ、ご用心なさいと、まるで相手に警戒させるようなものじゃないか。

 それから、まだあるよ。黒い魔物はだんだん篠崎家に近づいてきて、そこでも、いろいろと見せびらかすようなまねをしている。そして、人ちがいをして、ふたりまで、よその女の子をかどわかしかけている。

 宝石が篠崎家にあるということを、ちゃんと見とおして、わざわざインドから出かけてくるほどの用意周到な犯人に、そんな手ぬかりがあるものだろうか。緑ちゃんという女の子が、どんな顔をしているかくらい、まえもって調べがついていそうなものじゃないか。

 小林君、きみは、こういうような点が、なんとなくへんだとは思わないかね。つじつまがあわないとは思わぬかね。」

「ええ、ぼくは、今までそんなこと少しも考えてませんでしたけれど、ほんとうにへんですね。あいつは、わたしはこういうインド人です。こういう人さらいをしますといって、自分を広告していたようなものですね。」

 小林君は、はじめてそこへ気がついて、びっくりしたような顔をして、先生を見あげました。

「そうだろう。犯人はふつうならば、できるだけかくすべきことがらを、これ見よがしに広告しているじゃないか。小林君、この意味がわかるかね。」

 探偵はそういって、みょうな微笑をうかべましたが、小林君には、先生の考えていらっしゃることが、少しもわからぬものですから、その微笑が、なんとなくうすきみ悪くさえ感じられました。

「第二には、インド人が忍術使いのように消えうせたというふしぎだ。一度は養源寺の墓地で、一度は篠崎家の庭で、それからもう一度は世田谷の洋館で。これはもう、きみもよく知っていることだね。あの晩、洋館のまわりには、六人の少年探偵団の子どもが見はっていたというが、その見はりは、たしかだったのだろうね。うっかり見のがすようなことはなかっただろうね。」

「それは桂君が、けっして手ぬかりはなかったといっています。みんな小学生ですけれど、なかなかしっかりした人たちですから、ぼくも信用していいと思います。」

「表門のみはりをしたのは、なんという子どもだったの。」

「桂君と、もうひとり小原君っていうのです。」

「ふたりもいたんだね。それで、そのふたりは、春木という洋館の主人が帰ってくるのを見たといっていたかね。」

「先生、そうです。ぼく、ふしぎでたまらないのです。ふたりは春木さんの帰ってくるのを見なかったというのですよ。みんなは、まだインド人が二階にいるあいだに、それぞれ見はりの部署についたのですから、春木さんが帰ってきたのは、それよりあとにちがいありません。だから、どうしても桂君たちの目の前を通らなければならなかったのです。まさか主人が裏口から帰るはずはありませんね。しかも、その裏口を見はっていた団員も、だれも通らなかったといっているのです。」

「フーン、だんだんおもしろくなってくるね。きみはそのふしぎを、どう解釈しているの? 警察の人に話さなかったの?」

「それは桂君が中村さんに話したのだそうです。でも、中村さんは信用しないのですよ。ふたりのインド人が逃げだすのさえ見のがしたのだから、春木さんのはいってくるのを気づかなかったのはむりもないって。子どもたちのいうことなんか、あてにならないと思っているのですよ。」

 小林君は、少し憤慨のおももちでいうのでした。

「ハハハ……。それはおもしろいね。ふたりのインド人が出ていったのも気づかないほどだから、春木さんのはいってくるのも見のがしたんだろうって? ハハハ……。」

 明智探偵は、なぜか、ひどくおもしろそうに笑いました。

「ところでね、きみは春木さんに地下室から助けだされたんだね。むろん、春木さんをよく見ただろうね。まさかインド人が変装していたんじゃあるまいね。」

「ええ、むろんそんなことはありません。しんから日本人の皮膚の色でした。おしろいやなんかで、あんなふうになるものじゃありません。長いあいだいっしょの部屋にいたんですから、ぼく、それは断言してもいいんです。」

「警察でも、その後、春木さんの身がらをしらべただろうね。」

「ええ、しらべたそうです。そして、べつに疑いのないことがわかりました。春木さんは、あの洋館にもう三月も住んでいて、近所の交番のおまわりさんとも顔なじみなんですって。」

「ほう、おまわりさんともね。それはますますおもしろい。」

 明智探偵は、なにかしらゆかいでたまらないという顔つきです。

「さあ、そのつぎは第三の疑問だ。それはね、きみが篠崎家の門前で、緑ちゃんをつれて自動車に乗ろうとしたとき、秘書の今井というのがドアをあけてくれたんだね。そのとき、きみは今井君の顔をはっきり見たのかね。」

「ああ、そうだった。ぼく、先生にいわれるまで、うっかりしていましたよ。そうです、そうです。ぼく、今井さんの顔をはっきり見たんです。たしかに、今井さんでした。それが、自動車が動きだすとまもなく、あんな黒ん坊になってしまうなんて、へんだなあ。ぼく、なによりも、それがいちばんふしぎですよ。」

「ところが、いっぽうでは、その今井君が、養源寺の墓地にしばられていたんだね。とすると、今井君がふたりになったわけじゃないか。いや、三人といったほうがいいかもしれない。墓地にころがっていた今井君と、自動車のドアをあけて、それから助手席に乗りこんだ今井君と、自動車の走っているあいだに黒ん坊になった今井君と、合わせて三人だからね。」

「ええ、そうです。ぼく、さっぱりわけがわかりません。なんだか夢をみているようです。」

 小林君には、そうして明智探偵と話しているうちに、この事件のふしぎさが、だんだんはっきりわかってきました。もう魔法をけなす元気もありません。小林君自身が、えたいのしれない魔法にかかっているような気持でした。

「小林君、思いだしてごらん。その自動車の中でね、きみは、ふたりのインド人の首すじを見なかったかね。向こうをむいている運転手と助手の首すじを見なかったかね。」

 探偵が、またみょうなことをたずねました。

「首すじって、ここのところですか。」

 小林君は、自分の耳のうしろをおさえてみせました。

「そうだよ。そのへんの皮膚の色を見なかったかね。」

「さあ、ぼく、それは気がつきませんでした。ああ、そうそう、ふたりとも鳥打ち帽をひどくあみだにかぶっていて、耳のうしろなんかちっとも見えませんでした。」

「うまい、うまい、きみはなかなかよく注意していたね。それでいいんだよ。さあ、つぎは第四の疑問だ。それはね、犯人は緑ちゃんをなぜ殺さなかったか、ということだよ。」

「え、なんですって。やつらはむろん殺すつもりだったのですよ。ぼくまでいっしょにおぼれさせてしまうつもりだったのですよ。」

「ところが、そうじゃなかったのさ。」

 探偵は、また意味ありげにニコニコと笑ってみせました。

「よく考えてごらん。インド人たちはコックをしばったけれど、主人の春木さんにたいしてはなんの用意もしなかったじゃないか。春木さんは外出していて、いつ帰るかわからないのだよ。そして、帰ってくればコックの報告を聞いて、地下室のきみたちを、助けだすかもしれないのだよ。もし助けだされたら、せっかくの苦心が水のあわじゃないか。それをまるで気にもしないで、緑ちゃんの最期も見とどけないで、逃げだしてしまうなんて、あの執念ぶかさとくらべて考えてみると、おかしいほど大きな手落ちじゃないか。現に、こうして、きみも緑ちゃんも助かっているんだからね。インド人たちはなんのために、あれだけの苦労をしたのか、まるでわけがわからなくなるじゃないか。

 小林君、わかるかね、この意味が。犯人はね、緑ちゃんを殺す気なんて、少しもありゃしなかったのだよ。ハハハ……、おもしろいじゃないか。みんなお芝居だったのだよ。」

 探偵はまた、さもゆかいらしく笑いだしましたが、小林君には、その意味が少しもわからないのです。いったいぜんたい先生は何を考えていらっしゃるのだろう。それを思うと、なんだかこわくなるようでした。

「さあ、小林君、この四つの疑問をといてごらん。これを四つともまちがいなくといてしまえば、こんどの事件の秘密がわかるのだよ。ぼくもそれを完全にといたわけじゃない。これからたしかめてみなければならないことが、いろいろあるんだよ。しかし、ぼくには今、この事件の裏にかくれて、クスクス笑っているお化けの正体が、ぼんやり見えているんだよ。

 ぼくは、こんなに、ニコニコしているけれど、ほんとうはそのお化けの正体に、ギョッとしているんだ。もし、ぼくの想像があたっていたらと思うと、あぶら汗がにじみだすほどこわいのだよ。」

 明智探偵は、ひじょうにまじめな顔になって、声さえ低くして、さもおそろしそうにいうのでした。

 その顔を見ますと、小林君はゾーッと背すじが寒くなってきました。なんだかそのお化けが、うしろからバアーといって、とびだしてくるような気さえするのです。

「ところでね、小林君、もう一つ思いだしてもらいたいことがあるんだが、きみはさっき、春木さんの顔をよく見たといったね。そのとき、もしやきみは……。」

 探偵はそこまでいうと、いきなり小林君の耳に口をよせて、なにごとかヒソヒソとささやきました。

「エッ、なんですって?」

 それを聞くと、小林少年の顔がまっさおになってしまいました。

「まさか、まさか、そんなことが……」

 小林君はほんとうにお化けでも見たように、そのお化けがおそいかかってくるのをふせぎでもするように、両手を前にひろげて、あとじさりをしました。

「いや、そんなにこわがらなくってもいい。これは、ぼくの気のせいかもしれないのだよ。ただね、今あげた四つの疑問をよく考えてみるとね、みんなその一点を指さしているように思えるのだよ。だが、たしかめてみるまでは、なんともいえない。ぼくはきょうのうちに、一度、春木さんと会ってみるつもりだよ。春木さんの電話は何番だったかしら。」

 それから、明智探偵は電話帳をしらべて、春木氏に電話をかけるのでした。

 読者諸君、名探偵が小林君の耳にささやいたことばは、いったい、どんなことがらだったのでしょう。それを聞いた小林君は、なぜ、あれほどの恐怖をしめしたのでしょう。

 明智探偵は、四つの疑問をといていけば、しぜんそのおそろしい結論に達するのだといいました。諸君は、こころみにそのなぞをといてごらんなさるのも一興でしょう。しかし、こんどのなぞは、ずいぶん複雑ですし、その答えがあまりに意外なので、そんなにやすやすとはとけないだろうと思います。つぎの章はそのなぞのとけていく場面です。そして、ゾッとするようなお化けが、正体をあらわす場面です。

   
この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。