江戸川乱歩全集

少年探偵団

 江戸川乱歩著 出版:1937年

東京に現れた「黒い魔物」により次々と少女が誘拐されていく。少年探偵団と明智先生によって犯人を追いかけるのだが。。

江戸川乱歩の代表作。


14.悪魔の昇天


1. 黒い魔物
2. 怪物追跡
3. 人さらい
4. のろいの宝石
5.黒い手
6.ふたりのインド人
7.銀色のメダル
8.少年捜索隊
9.地下室
10.消えるインド人
11.四つのなぞ
12.さかさの首
13.屋上の怪人
14.悪魔の昇天
15.怪軽気球の最後
16.黄金の塔
17.怪少女
18.奇妙なはかりごと
19.天井の声
20.意外また意外
21.きみが二十面相だ!
22.逃走
23.美術室の怪
24.大爆発

14.悪魔の昇天

中村係長は怪盗が何をいおうと、そんな口あらそいには応じませんでした。賊はなんの意味もない、からいばりをしているのだと思ったからです。そこで、屋上の警官たちに、いよいよ最後の攻撃のさしずをしました。
 それと同時に、十数名の警官が、口々に何かわめきながら、ふたりの賊をめがけて突進しました。屋根の上の警官隊の円陣が、みるみるちぢまっていくのです。
 ふたりの賊は屋根の頂上の中央に、たがいに手をとりあって立ちすくんでいます。もうそれ以上どこへも動く場所がないのです。
「ソレッ!」
 というかけ声とともに、中村係長が、ふたりに向かってとびかかっていきました。つづいてふたり、三人、四人、警官たちは賊をおしつぶそうとでもするように、四ほうからその場所にかけよりました。
 ところが、これはどうしたというのでしょう。中村係長がパッととびつくと同時に、ふたりの賊の姿が、まるでかき消すようになくなってしまったのです。
 それとは知らぬ警官たちは、暗さのために、つい思いちがいをして係長に組みついていくというありさまで、しばらくのあいだは、何がなんだかわけのわからぬ同士討ちがつづきました。
 係長のおそろしいどなり声に、ハッとしてたちなおってみますと、警官たちは、今まで自分たちのおさえつけていたのが、賊ではなくて上官であったことを発見しました。まるでキツネにつままれたような感じです。
「あかりだ! あかりだ! だれか懐中電燈を……。」
 係長が、もどかしげにさけびました。
 しかし、懐中電燈を持っていた人たちは、賊にとびかかるとき、屋根の上に投げだしてしまったので、まっくらな中できゅうにそれをさがすわけにもいきません。ただうろたえるばかりです。
 すると、ちょうどそのときでした。屋根の上がとつぜんパッと明るくなったのです。まるで真昼のような光線です。警官たちは、まぶしさに目もくらむばかりでした。
「ああ、探照燈だ!」
 だれかが、さもうれしげにさけびました。
 いかにもそれは、探照燈の光でした。
 見れば洋館の門内に、一台のトラックがとまっていて、その上に小型の探照燈がすえつけられ、二名の作業服を着た技手が、その強い光を屋根の斜面に向けているのでした。
 これは、警視庁そなえつけの移動探照燈なのです。
 中村係長は、賊が、やみの屋上へ逃げあがったと知ると、すぐさま消防署へ使いを出しましたが、そのとき、もうひとりの警官には、電話で警視庁へ探照燈をもってくることを依頼させたのです。それが今つい、手早く探照燈を付近の電燈線にむすびつけ、屋根の上を照らしはじめたのです。
 警官たちは、その真昼のような光の中で、キョロキョロと賊の姿をさがしもとめました。そして、人々の目が、屋根の上から、だんだん空のほうにうつっていったときです。
「アッ、あれだ! あれだ!」
 ひとりの警官が、とんきょうな声をたてて、やみの大空を指さしました。
 それと知ると、屋根の上の警官たちはもちろん、地上の数十名の警官たちも、あまりの意外さに、アーッと、おどろきのさけび声をあげました。
 ああ、ごらんなさい。二十面相は空にのぼっていたのです。悪魔は昇天したのです。
 やみの空を、ぐんぐんとのぼっていく、大きな大きな黒いゴムまりのようなものが見えました。けい気球です。ぜんたいをまっ黒にぬった軽気球です。アド・バルーンの二倍もある、まっ黒な怪物です。
 その軽気球の下にさがったかごの中に、小さくふたりの人の姿がみえます。黒い背広の二十面相と、白い上着のコックです。彼らは警官たちをあざわらうかのように、じっと下界をながめています。
 人々はそれを見て、やっと二十面相のなぞをとくことができました。怪盗の最後の切り札はこの軽気球だったのです。ああ、なんという、とっぴな思いつきでしょう。ふつうの盗賊などには、まるで考えもおよばない、ずばぬけた芸当ではありませんか。
 二十面相はまんいちのばあいのために、この黒い軽気球を用意しておいたのです。そして、今夜、明智探偵と会う少しまえに、その軽気球にガスを満たし、屋根の頂上につなぎとめておいたのです。ぜんたいがまっ黒にぬってあるものですから、こんなやみ夜には、通りがかりの人に発見される心配もなかったわけです。
 いや、通りがかりの人どころではありません。屋根の上の警官たちにさえ、この気球は少しも気づかれませんでした。それというのも、さすがの警官たちも、まさか、軽気球とは思いもよらぬものですから、屋根ばかりを見ていて、その上のほうの空などは、ながめようともしなかったからです。また、たとえながめたとしても、やみの中の黒い気球がはっきり見わけられようとも考えられません。
 ふたりの賊は警官たちに追いつめられたとき、とっさに軽気球のかごにとびのり、つなぎとめてあった綱を切断したのでしょう。それが暗やみの中の早わざだったものですから、とつぜんふたりの姿が消えうせたように感じられたのにちがいありません。
 中村係長は、足ずりをしてくやしがりましたが、賊が昇天してしまっては、もう、どうすることもできないのです。五十余名の警官隊は、空をあおいで、口々に何かわけのわからぬさけび声をたてるばかりでした。
 二十面相の黒軽気球は、げかいのおどろきをあとにして、ゆうゆうと大空にのぼっていきます。地上の探照燈は、軽気球とともに高度を高めながら、暗やみの空に、大きな白いしまをえがいています。
 その白いしまの中を、賊の軽気球は、刻一刻、その形を小さくしながら、高く高く、無限の空へと遠ざかっていきました。
 かごの中のふたりの姿は、とっくに見えなくなっていました。やがて、かごそのものさえも、あるかなきかに小さくなり、しまいには、軽気球が、テニスのボールほどの黒い玉になって、探照燈の光の中をゆらめいていましたが、それさえも、いつしか、やみの大空にとけこむように、見えなくなってしまいました。

   
この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。