江戸川乱歩全集

少年探偵団

 江戸川乱歩著 出版:1937年

東京に現れた「黒い魔物」により次々と少女が誘拐されていく。少年探偵団と明智先生によって犯人を追いかけるのだが。。

江戸川乱歩の代表作。


17.怪少女


1. 黒い魔物
2. 怪物追跡
3. 人さらい
4. のろいの宝石
5.黒い手
6.ふたりのインド人
7.銀色のメダル
8.少年捜索隊
9.地下室
10.消えるインド人
11.四つのなぞ
12.さかさの首
13.屋上の怪人
14.悪魔の昇天
15.怪軽気球の最後
16.黄金の塔
17.怪少女
18.奇妙なはかりごと
19.天井の声
20.意外また意外
21.きみが二十面相だ!
22.逃走
23.美術室の怪
24.大爆発

17.怪少女

それと知った助手の小林少年は、気が気ではありません。どうかこんどこそ、先生の手で二十面相がとらえられますようにと、神さまに祈らんばかりです。

「先生、何かぼくにできることがありましたら、やらせてください。ぼく、こんどこそ、命がけでやります。」

 大鳥氏がたずねてきた翌日、小林君は明智探偵の書斎へはいっていって、熱誠を面にあらわしてお願いしました。

「ありがとう。ぼくは、きみのような助手を持ってしあわせだよ。」

 明智はイスから立ちあがって、さも感謝にたえぬもののように、小林君の肩に手をあてました。

「じつは、きみにひとつたのみたいことがあるんだよ。なかなか大役だ。きみでなければできない仕事なんだ。」

「ええ、やらせてください。ぼく、先生のおっしゃることなら、なんだってやります。いったい、それはどんな仕事なんです。」

 小林君はうれしさに、かわいいほおを赤らめて答えました。

「それはね。」

 明智探偵は、小林君の耳のそばへ口を持っていって、なにごとかささやきました。

「え? ぼくがですか。そんなことできるでしょうか。」

「できるよ。きみならば大じょうぶできるよ。ばんじ、用意はおばさんがしてくれるはずだからね。ひとつうまくやってくれたまえ。」

 おばさんというのは、明智探偵の若い奥さん文代さんのことです。

「ええ、ぼく、やってみます。きっと先生にほめられるように、やってみます。」

 小林君は、決心の色をうかべて、キッパリと答えました。

 名探偵は何を命じたのでしょう。小林君が「ぼくにできるでしょうか。」と、たずねかえしたほどですから、よほどむずかしい仕事にちがいありません。いったい、それはどんな仕事なのでしょうか。読者諸君、ひとつ想像してごらんなさい。

 それはさておき、いっぽう怪盗の予告を受けた大鳥時計店のさわぎはひととおりではありません。十名の店員が交代で、寝ずの番をはじめるやら、警察の保護をあおいで、表裏に私服刑事の見はりをつけてもらうやら、そのうえ民間の明智探偵にまで依頼して、もうこれ以上、手がつくせないというほどの警戒ぶりです。

 主人の大鳥清蔵氏は考えました。

「奥座敷には例の三段がまえのおそろしい関所があるのだし、そのうえ店員をはじめ、警察や私立探偵の、これほどの警戒なのだから、いくら二十面相が魔法使いだといっても、こんどこそは手も足も出ないにきまっている。わしの店は、まるで難攻不落の堡塁のようなもんだからな。」

 大鳥氏は、それを考えると、いささか得意でした。「二十面相め、やれるものなら、やってみろ。」といわぬばかりの勢いでした。

 しかし、日がたつにつれて、この勢いは、みじめにもくずれていきました。安心が不安となり、不安が恐怖となり、大鳥氏は、もういても立ってもいられないほど、いらいらしはじめたのです。

 それというのは、二十面相が毎日毎日、ふしぎな手段によって、犯罪の予告を、くりかえしたからです。

 夕刊新聞に予告の記事が発表されたのは、十六日のことで、問題の二十五日までは九日間のよゆうがあったのですが、二十面相は、あの新聞記事だけでは満足しないで、それ以来というもの、毎日毎日、「さあ、もうあと八日しかないぞ。」「さあ、あと七日しかないぞ。」と大島氏へ、残りの日数を知らせてくるのです。

 最初は、大きな字でただ「8」と書いたハガキが配達されました。そのつぎの日は、公衆電話から電話がかかってきて、主人が電話口に出ますと、先方はみょうなしわがれ声で、「あと七日だぜ。」といったまま、ぷっつりと電話を切ってしまいました。

 その翌朝のこと、店の戸をあけていた店員たちが、何か大さわぎをしていますので、行ってみますと、正面のショーウィンドーのガラスの、まんなかに、白墨で、大きな「6」の字が書きなぐってあったではありませんか。

 賊の予告は、最初はハガキ、つぎは電話、そのつぎはショーウィンドーと、一日ごとに大鳥時計店へ近づいてきました。つぎには店の中までもはいってくるのではないでしょうか。

 そして、その翌朝のことです。顔を洗って、店へ出てきた店員たちは、アッとおどろいてしまいました。店には大小さまざまの時計が、あるいは柱にかけ、あるいは棚に陳列してあるのですが、ゆうべまでカチカチと動いていたそれらの時計が、どれもこれも止まってしまって、そのうえ申しあわせたように、短針が五時を示しているのです。

 懐中時計や、腕時計はべつですが、目ざまし時計も、ハト時計も、オルゴール入りの大理石の置き時計も、正面にある、二メートルほどの大振り子時計も、大小無数の時計の針が、いっせいに正五時をさしているありさまは、何かしらお化けめいて、ものすごいほどでした。

 いうまでもなく、「もうあと五日しかないぞ。」という、二十面相の予告です。怪盗は、とうとう店内までしのびこんできたのです。

 それにしても、げんじゅうな戸じまりがしてあるうえ、表と裏には私服刑事が、店内には寝ずの番人が見はっている中を、賊は、どうしてはいりこむことができたのでしょう。はいりこんだばかりか、いく十という時計を、だれにもさとられぬように、どうして止めることができたのでしょう。

 店員たちは、ひとりひとり、げんじゅうな取りしらべをうけましたが、べつにあやしい者もありません。すると、二十面相は幽霊のように、しめきった雨戸のすきまからでもはいってきたのでしょうか。そして、だれの目にもふれない、フワフワした気体のようなものになって、一つ一つ時計を止めてまわったのでしょうか。

 しかも、うすきみの悪い怪盗の予告は、それで終わったわけではありません。つぎには、さらにいっそう奥深く、賊の魔の手がのびてきました。

 その翌早朝のこと、大鳥氏は、下ばたらきの小娘の、けたたましいさけび声に目をさましました。その声が、黄金塔の安置してある部屋の方角から、聞こえてきましたので、大鳥氏はハッとしてとびおきると、そのへんに居あわせた店員をともなって、息せききってかけつけました。

 例の十畳の座敷の前までいってみますと、そこに、つい四日ばかり前にやといいれた、十五―六のかわいらしいお手伝いさんが、おどろきのあまり口もきけないようすで、しきりと座敷の板戸を指さしていました。

 板戸の表面には、またしても白墨で、三十センチ四ほうほどの、大きな「4」いう字が書いてあるではありませんか。ああ、二十面相は、とうとう、この奥まった部屋までも、ふみこんできたのです。

 大鳥氏はそれを見ますと、もうびっくりしてしまって、もしや黄金塔がぬすまれたのではないかと、急いでかぎをとりだし、板戸をあけて床の間を見ましたが、黄金塔はべつじょうなく、さんぜんとかがやいていました。さすがの賊にも、三段がまえの防備装置をやぶる力はなかったものとみえます。

 しかし、ここまでしのびこんでくるようでは、もういよいよゆだんがなりません。刑事や店員の見はりなどは、このお化けのような怪盗には、少しのききめもありはしないのです。

「今夜から、わしがこの部屋で寝ることにしよう。」

 大鳥氏は、とうとうたまらなくなって、そんな決心をしました。そして、その夜になりますと、黄金塔の部屋に夜具を運ばせて、宵のうちから床にはいり、すきなたばこをふかしながら、まじまじと宝物の見はり番をつとめるのでした。

 十時、十一時、十二時、今夜にかぎって、時計の進むのがばかばかしく、おそいように感じられました。やがて、一時、二時、むかしのことばでいえば、丑三つ時です。もう電車の音も聞こえません。自動車の地ひびきもまれになりました。昼間のさわがしさというものが、まったくとだえて、都内の中心の商店街も、水の底のような静けさです。

 ときどき、板戸の外の廊下に、人の足音がします。寝ずの番の店員たちが、時間をきめて、家中を巡回しているのです。

 店の大時計が三時を打ちました。それから、十時間もたったかと思うころ、やっと四時です。

「おお、もう夜明けだ。二十面相め、今夜は、とうとうあらわれなかったな。」

 そう思うと、大鳥氏は、にわかにねむけがさしてきました。そして、もう大じょうぶだという安心から、ついウトウトねむりこんでしまったのです。

 どのくらいねむったのか、ふと目をさますと、あたりはもう明るくなっていました。時計を見れば、もう六時半です。

 もしやと床の間をながめましたが、大じょうぶ、大じょうぶ、黄金塔はちゃんとそこに安置されたままです。

「どうだ。いくら魔術師でも、この部屋の中までは、はいれまい。」

 大鳥氏は、すっかり安心して、「ウーン」と一つのびをしました。そして、腕をもとにもどそうとして、ヒョイと左のてのひらを見ますと、おや、なんでしょう? てのひらの中がまっ黒に見えるではありませんか。

 へんだなと思って、よく見なおしたとき、大鳥氏は、あまりのことに、「アッ。」とさけんで、床の上にとびおきてしまいました。

 みなさん、大鳥氏のてのひらには、いったい何があったと思います。そこには、いつのまに、だれが書いたのか、墨黒々と、大きな「3」の字があらわれていたのです。二十面相はとうとう、この部屋の中までも、しのびこんできたとしか考えられません。大鳥氏は、背中に氷のかたまりでもあてられたように、ゾーッと寒けを感じないではいられませんでした。

 それと同時に、部屋のいっぽうでは、もう一つ、みょうなことがおこっていました。大鳥氏の目のとどかないすみのほうの板戸が細めにひらかれ、そのすきまから、だれかが部屋の中をじっとのぞいているのです。

 ほおのふっくらした、かわいらしい顔。なんだか見おぼえのある人物ではありませんか。ああ、そうです。それはきのうの朝、板戸の文字を発見してさわぎたてた、あの少女なのです。数日前にやとわれたばかりの、十五―六のお手伝いさんなのです。

 少女は、てのひらの文字に青ざめている大鳥氏を、なんだかおかしそうに見つめていましたが、やがて、サッと顔をかくすと、板戸を音のせぬよう、ソロソロとしめてしまいました。

 この少女は、かぎのかけてある板戸を、どうしてひらくことができたのでしょう。いや、それよりも、まだやとわれたばかりの小娘のくせに、なんというあやしげなふるまいをするやつでしょう。

 大鳥氏も店員も、まだ、このことを少しも気づいていないようですが、わたしたちは、この少女の行動を、ゆだんなく見はっていなければなりません。

   
この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。