江戸川乱歩全集

少年探偵団

 江戸川乱歩著 出版:1937年

東京に現れた「黒い魔物」により次々と少女が誘拐されていく。少年探偵団と明智先生によって犯人を追いかけるのだが。。

江戸川乱歩の代表作。


3. 人さらい


1. 黒い魔物
2. 怪物追跡
3. 人さらい
4. のろいの宝石
5.黒い手
6.ふたりのインド人
7.銀色のメダル
8.少年捜索隊
9.地下室
10.消えるインド人
11.四つのなぞ
12.さかさの首
13.屋上の怪人
14.悪魔の昇天
15.怪軽気球の最後
16.黄金の塔
17.怪少女
18.奇妙なはかりごと
19.天井の声
20.意外また意外
21.きみが二十面相だ!
22.逃走
23.美術室の怪
24.大爆発

3. 人さらい

墓地のできごとがあってから二日の後、やっぱり夜の八時ごろ、篠崎始君のおうちの、りっぱなご門から、三十歳ぐらいの上品な婦人と、五つぐらいのかわいらしい洋装の女の子とが、出てきました。婦人は始君のおばさん、女の子は小さいいとこですが、ふたりは夕方から篠崎君のおうちへ遊びに来ていて、今、帰るところなのです。

 おばさんは、大通りへ出て自動車をひろうつもりで、女の子の手を引いて、うす暗いやしき町を、急ぎ足に歩いていきました。

 すると、またしても、ふたりのうしろから、例の黒い影があらわれたのです。

 怪物は塀から塀へと伝わって、足音もなく、少しずつ、少しずつ、ふたりに近づいていき、一メートルばかりの近さになったかと思うと、いきなり、かわいらしい女の子にとびかかって、小わきにかかえてしまいました。

「アレ、なにをなさるんです。」

 婦人はびっくりして、相手にすがりつこうとしましたが、黒い影は、すばやく片足をあげて、婦人をけたおし、その上にのしかかるようにして、あの白い歯をむきだし、ケラケラケラ……と笑いました。

 婦人はたおれながら、はじめて相手の姿を見ました。そして、うわさに聞く黒い魔物だということがわかると、あまりのおそろしさに、アッとさけんだまま、地面にうつぶしてしまいました。

 そのあいだに、怪物は女の子をつれて、どこかへ走りさってしまったのですが、では、黒い魔物は、おそろしい人さらいだったのかといいますと、べつにそうでもなかったことが、その夜ふけになってわかりました。

 もう十一時ごろでしたが、篠崎君のおうちから一キロほどもはなれた、やっぱり玉川電車ぞいの、あるさびしいやしき町を、一人のおまわりさんが、コツコツと巡回していますと、人通りもない道のまんなかに、五つぐらいの女の子が、シクシク泣きながらたたずんでいるのに出あいました。それがさいぜん黒い怪物にさらわれた、篠崎君の小さいいとこだったのです。

 まだ幼い子どもですから、おまわりさんがいろいろたずねても、何一つはっきり答えることはできませんでしたが、片言まじりのことばを、つなぎあわせて判断してみますと、黒い怪物は、子どもをさらって、どこかさびしい広っぱへつれていき、お菓子などをあたえて、ごきげんをとりながら、名まえをたずねたらしいのですが、「木村サチ子」と、おかあさんに教えられているとおり答えますと、怪物は、きゅうにあらあらしくなって、サチ子さんをそこへすておいたまま、どこかへ行ってしまったというのでした。

 どうも、前後のようすから、怪物は、人ちがいをしたとしか考えられません。だれでもいいから、子どもをさらおうというのではなくて、あるきまった人をねらって、つい人ちがいをしたらしく思われるのです。では、いったい、だれと人ちがいをしたのでしょう。

 その翌日には、矢つぎばやに、またしても、こんなさわぎがおこりました。

 場所はやっぱり篠崎君のおうちの前でした。こんどは夜ではなくて、まっ昼間のことですが、ちょうど門の前で、近所の四つか五つぐらいの女の子が、たったひとりで遊んでいるところへ、チンドン屋の行列が通りかかりました。

 丹下左膳の扮装をして、大きな太鼓を胸にぶらさげた男を先頭に、若い洋装の女のしゃみせんひき、シルク・ハットにえんび服のビラくばり、はっぴ姿の旗持ちなどが、一列にならんで、音楽にあわせ、おしりをふりながら歩いてきます。

 その行列のいちばんうしろから、白と赤とのだんだら染めのダブダブの道化服を着て、先に鈴のついたとんがり帽子をかぶり、顔には西洋人みたいな道化のお面をつけた男が、フラフラとついてきましたが、篠崎家の門前の女の子を見ますと、おどけたちょうしで、手まねきをしてみせました。

 女の子は快活な性質とみえて、まねかれるままに、にこにこしながら、道化服の男のそばへかけよりました。

 すると、道化服は、

「これあげましょう。」

といいながら、手に持っていた美しいあめん棒を、女の子の手ににぎらせました。

「もっと、どっさりあげますから、こちらへいらっしゃい。」

 道化服はそんなことをいいながら、女の子の手を引いて、グングン歩いていきます。子どもは、美しいお菓子のほしさにつられて、手を引かれるままに、ついていくのです。

 ところが、そして百メートルほども歩いたとき、道化服の男は、とつぜん、チンドン屋の列をはなれて、女の子をつれたまま、さびしい横町へまがってしまいました。チンドン屋の人たちは、べつにそれをあやしむようすもなく、まっすぐに歩いていくのです。

 道化服は、横町へまがると、グングン足をはやめて、女の子を、ちかくの神社の森の中へつれこみました。

「おじちゃん、どこ行くの?」

 女の子は、人影もない森の中を見まわしながら、まだ、それとも気づかず、むじゃきにたずねるのです。

「いいところです。お菓子や、お人形のどっさりある、いいところです。」

 道化服の男は、東京の人ではないらしく、みょうにくせのあるなまりで、一こと一こと、くぎりながら、いいにくそうにいいました。

「お嬢さん、名まえいってごらんなさい。なんという名まえですか。」

「あたち、タアちゃんよ。」

 女の子は、あどけなく答えます。

「もっとほんとうの名まえは? おとうさまの名は?」

「ミヤモトっていうの。」

「宮本? ほんとうですか、篠崎ではないのですか。」

「ちがうわ。ミヤモトよ。」

「では、さっき遊んでいたうち、お嬢さんのうちではないのですか。」

「ええ、ちがうわ。あたちのうち、もっと小さいの。」

 それだけ聞くと、道化服の男は、いきなりタアちゃんの手をはなして、お面の中で、「チェッ。」と舌打ちをしました。そして、もう一こともものをいわないで、女の子を森の中へおいてけぼりにして、サッサとどこかへたちさってしまいました。

 やがて、その奇妙なできごとは、タアちゃんという女の子が、泣きながら帰ってきて、母親に告げましたので、町中のうわさとなり、警察の耳にもはいりました。幼い女の子の報告ですから、森の中での問答がくわしくわかったわけではありませんが、道化服のチンドン屋が、タアちゃんをつれさろうとして、中途でよしてしまったらしいことだけは、おぼろげながらわかりました。前夜の黒い魔物と同じやり方です。いよいよ、だれかしら、五つぐらいの女の子がねらわれていることが、はっきりしてきました。

 五つぐらいの女の子といえば、篠崎始君にも、ちょうどその年ごろの、かわいらしい妹があるのです。もしや怪物がねらっているのは、その篠崎家の女の子ではありますまいか、前後の事情を考えあわせると、どうもそうらしく思われるではありませんか。

 隅田川だとか、上野の森だとか、東京中のどこにでも、あのぶきみな姿をあらわして、いたずらをしていた黒い影は、だんだんそのあらわれる場所をせばめてきました。

 桂正一君が出あった場所といい、篠崎君の小さいいとこがさらわれた場所といい、こんどはまた、タアちゃんがつれさられようとした場所といい、みんな篠崎君のおうちを中心としているのです。

 怪物の目的がなんであるかが、少しずつわかってきました。しかし、ただ子どもをさらったり、その子を人質にしてお金をゆすったりするのでしたら、何も黒い影なんかに化けて、人をおどかすことはありません。これには何か、もっともっと深いたくらみがあるのにちがいないのです。

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この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。