江戸川乱歩全集

少年探偵団

 江戸川乱歩著 出版:1937年

東京に現れた「黒い魔物」により次々と少女が誘拐されていく。少年探偵団と明智先生によって犯人を追いかけるのだが。。

江戸川乱歩の代表作。


6.ふたりのインド人


1. 黒い魔物
2. 怪物追跡
3. 人さらい
4. のろいの宝石
5.黒い手
6.ふたりのインド人
7.銀色のメダル
8.少年捜索隊
9.地下室
10.消えるインド人
11.四つのなぞ
12.さかさの首
13.屋上の怪人
14.悪魔の昇天
15.怪軽気球の最後
16.黄金の塔
17.怪少女
18.奇妙なはかりごと
19.天井の声
20.意外また意外
21.きみが二十面相だ!
22.逃走
23.美術室の怪
24.大爆発

6.ふたりのインド人

さわぎのうちに一夜がすぎて、その翌日は、篠崎家の内外に、アリも通さぬ、げんじゅうな警戒がしかれました。緑ちゃんは、奥の一間にとじこめられ、障子をしめきって、おとうさま、おかあさまは、もちろん、ふたりの秘書、ばあやさん、ふたりのお手伝いさんなどが、その部屋の内と外とをかためました。十いくつの目が、寸時もわき見をしないで、じっと、小さい緑ちゃんにそそがれていたのです。家の外では、しょかつ警察署の私服刑事が数名、門前や塀のまわりを見はっています。じゅうぶんすぎるほどの警戒でした。
 しかし、おとうさまもおかあさまも、まだ安心ができないのです。ゆうべの手なみでもわかるように、くせ者は忍術使いのようなやつですから、いくら警戒してもむだではないかとさえ感じられるのです。ひじょうな不安のうちに時がたって、やがて午後三時を少しすぎたころ、学校へ行っていた始君がいきおいよく帰ってきました。
「おとうさん、ただいま。緑ちゃん大じょうぶでしたか。」
「ウン、こうして、きげんよく遊んでいるよ。だがおまえは、いつもより、ひどくおそかったじゃないか。」
 おとうさまが、ふしんらしくおたずねになりました。
「ええ、それにはわけがあるんです。ぼく、学校がひけてから、明智先生のところへ行ってきたんです。」
「ああ、そうだったか。で、先生にお会いできたかい。」
「それがだめなんですよ。先生は旅行していらっしゃるんです。どっか遠方の事件なんですって。でね、小林さんに相談したんですよ。するとね、あの人やっぱり頭がいいや。うまいことを考えだしてくれましたよ。おとうさん、どんな考えだと思います。」
 始君は大とくいでした。
「さあ、おとうさんにはわからないね。話してごらん。」
「じゃ、話しますからね。おとうさん耳をかしてください。」
 そんなことはあるまいけれど、もし、くせ者に聞かれたらたいへんだというので、始君は、おとうさまの耳に口をよせて、ささやくのでした。
「あのね、小林さんはね、緑ちゃんを変装させなさいというのですよ。」
「え、なんだって、こんな小さい子どもにかい?」
 おとうさまも、思わずささやき声になっておたずねになりました。
「ええ、こうなんですよ。小林さんがいうのにはね、どこかに緑ちゃんのよくなついているおばさんか何かがないかっていうんです。でも、ぼく、そういうおばさんなら、品川区にひとりあるって言ったんです。ほら、緑ちゃんの大すきな野村のおばさんね。ぼく、あの人のことを言ったんですよ。
 すると、小林さんは、それじゃ、緑ちゃんをコッソリそのおばさんちへつれていって、しばらくあずかってもらったほうがいいっていうんです。ね、そうすれば、あいつは、この家ばかりねらっていて、むだ骨折りをするわけでしょう。
 でも、つれていくときに見つかる心配があるから、そこに手だてがいるんだっていうんですよ。それはね、まず小林さんが、近所の五つくらいの男の子を、男の子ですよ、それをつれて、ぼくんちへ遊びに来るんです。そしてね、こっそり緑ちゃんにその子の服を着せちゃって、そして、小林さんは帰りには、男の子に変装した緑ちゃんをつれて、なにくわぬ顔で家を出るんです。ね、わかったでしょう。
 でも、用心のうえにも用心をしなければいけないから、いつもよびつけの自動車を呼んで、うちの今井さんが助手席に乗って、そして、品川のおばさんちまで、ぶじに送りとどけるっていうんです。ね、うまい考えでしょう。これなら大じょうぶでしょう。」
「ウーン、なるほどね。さすがはおまえたちの団長の小林君だね。うまい考えだ。おとうさんは賛成だよ。じつはおとうさんも、緑をどっかへあずけたほうがいいとは思っていたんだ。しかし、その道があぶないので、決心がつかないんだよ。」
 おとうさまは、小林君の名案にすっかり感心なすって、おかあさまにご相談なさいました。おかあさまも、反対する理由がないものですから、しかたなく賛成なさいましたが、
「でも、そのつれてきた男の子をどうしますのよ? そのお子さんに、もしものことがあったらこまるじゃありませんか。」
 と、やっぱりささやき声でおっしゃるのです。
「それは大じょうぶですよ。あの黒いやつは緑ちゃんのほかの子は見向きもしないんですもの。たとえさらわれたって、危険はないんだし、それに、すぐあとから、また小林さんが迎えに来るっていうんです。そしてね、もう一着、似たような男の子ども服を用意しておいてね、それを着せてつれて帰るんだっていいますから、同じような男の子が二度門を出るわけですね。おもしろいでしょう。悪者は、めんくらうでしょうね。」
 この始君の説明で、おかあさまも、やっと納得なさいましたので、始君はさっそく明智事務所へ電話をかけて、あらかじめ打ちあわせておいた暗号で、小林少年にこのことを伝えました。
 さて小林君が、緑ちゃんくらいの背かっこうのかわいらしい男の子をつれて、篠崎家へやってきたのは、もう日の暮れがた時分でした。
 すぐさま奥まったひとまをしめきって、緑ちゃんの変装がおこなわれました。かわいらしいイートンスーツを着て、おかっぱの髪の毛は大きな帽子の中へかくして、たちまち勇ましい男の子ができあがりました。
 まだ五つの緑ちゃんは、何もわけがわからないものですから、生まれてから一度も着たことのないイートンスーツを着て、大よろこびです。
 すっかり支度ができますと、緑ちゃんには品川のおばさんのところへ行くんだからと、よくいいきかせたうえ、小林君は篠崎君のおとうさまから、おばさんにあてた依頼状を、たいせつにポケットに入れて、緑ちゃんの手を引いて、わざと人目にふれるように、門の外へ出ていきました。
 門の外には、もうちゃんと自動車が待っています。小林君は緑ちゃんをだいて、秘書の今井君があけてくれたドアの中へはいり、客席にこしかけました。つづいて、今井君も助手席につき、車は、エンジンの音もしずかに出発しました。
 もう外は、ほとんど暗くなっていました。道ゆく人もおぼろげです。自動車はしばらく電車道を通っていましたが、やがて、さびしい横町に折れ、ひじょうな速力で走っています。
 見ていると、両がわの人家がだんだんまばらになり、ひどくさびしい場所へさしかかりました。
「運転手さん、方向がちがいやしないかい。」
 小林君は、みょうに思って声をかけました。
 しかし運転手は、まるでつんぼのように、なんの返事もしないのです。
「おい、運転手さん、聞こえないのか。」
 小林君は、思わず大声でどなりつけて、運転手の肩をたたきました。すると、
「よく聞こえています。」
 という返事といっしょに、運転手と今井君とが、ヒョイとうしろをふりむきました。
 ああ、その顔! 運転手も今井君も、まるで、えんとつの中からはいだしたように、まっ黒な顔をしていたではありませんか。そして、ふたりは、申しあわせでもしたように、同時にまっ白な歯をむきだして、あのゾッとそうけだつような笑いで、ケラケラケラと笑いました。読者諸君、それはふたりのインド人だったのです。
 しかし、運転手はともかくとして、今井君までが、ついさきほど自動車のドアをあけてくれた今井君までが、いつのまにか黒い魔物にかわってしまったのです。まったく不可能なことです。これも、あのインド人だけが知っている、摩訶不思議の妖術なのでしょうか。

   
この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。