江戸川乱歩全集

少年探偵団

 江戸川乱歩著 出版:1937年

東京に現れた「黒い魔物」により次々と少女が誘拐されていく。少年探偵団と明智先生によって犯人を追いかけるのだが。。

江戸川乱歩の代表作。


7.銀色のメダル


1. 黒い魔物
2. 怪物追跡
3. 人さらい
4. のろいの宝石
5.黒い手
6.ふたりのインド人
7.銀色のメダル
8.少年捜索隊
9.地下室
10.消えるインド人
11.四つのなぞ
12.さかさの首
13.屋上の怪人
14.悪魔の昇天
15.怪軽気球の最後
16.黄金の塔
17.怪少女
18.奇妙なはかりごと
19.天井の声
20.意外また意外
21.きみが二十面相だ!
22.逃走
23.美術室の怪
24.大爆発

7.銀色のメダル

小林君は、まるでキツネにつままれたような気持でした。さいぜん、篠崎家の門前で、自動車に乗るときには、秘書も運転手も、たしかに白い日本人の顔でした。いくらなんでも、運転手がインド人とわかれば、小林君がそんな車に乗りこむわけがありません。

 それが、十分も走るか走らないうちに、今まで日本人であったふたりが、とつぜん、まるで早がわりでもしたように、まっ黒なインド人に化けてしまったのです。これはいったい、どうしたというのでしょう。インドには世界のなぞといわれる、ふしぎな魔術があるそうですが、これもその魔術の一種なのでしょうか。

 しかし、今は、そんなことを考えているばあいではありません。緑ちゃんを守らなければならないのです。どうかして自動車をとびだし、敵の手からのがれなければなりません。

 小林君は、やにわに緑ちゃんを小わきにかかえると、ドアをひらいて、走っている自動車からとびおりようと身がまえました。

「ヒヒヒ……、だめ、だめ、逃げるとうちころすよ。」

 黒い運転手が、片言のような、あやしげな日本語でどなったかと思うと、ふたりのインド人の手が、ニューッとうしろにのびて、二丁のピストルの筒口が、小林君と緑ちゃんの胸をねらいました。

「ちくしょう!」

 小林君は、歯ぎしりをしてくやしがりました。自分ひとりなら、どうにでもして逃げるのですが、緑ちゃんにけがをさせまいとすれば、ざんねんながら、相手のいうままになるほかはありません。

 小林君が、ひるむようすを見ると、インド人は車をとめて、助手席にいたほうが、運転台をおり、客席のドアをひらいて、まず緑ちゃんを、つぎに小林君を、細引きでうしろ手にしばりあげ、そのうえ、用意の手ぬぐいで、ふたりの口にさるぐつわをかませてしまいました。

 その仕事のあいだじゅう、席に残った運転手は、じっとピストルをさしむけていたのですから、抵抗することなど、思いもおよびません。

 しかし、ふたりのインド人は、それを少しも気づきませんでしたけれど、小林君は、相手のなすがままにまかせながら、ちょっとのすきをみて、みょうなことをしました。

 それは、今井君に化けたインド人が、緑ちゃんをしばっているときでしたが、小林君はすばやく右手をポケットにつっこむと、何かキラキラ光る銀貨のようなものを、ひとつかみ取りだして、それを、相手にさとられぬよう、ソッと、車のうしろのバンパーのつけねのすみにおきました。インド人にみつからぬよう、ずっとすみのほうへおいたのです。

 ちょっと見ると百円銀貨のようですが、むろん銀貨ではありません。何か銀色をした鉛製のメダルのようなものです。数はおよそ三十枚もあったでしょうか。

 インド人は、さいわいそれには少しも気がつかず、ふたりにさるぐつわをしてしまうと、ドアをしめて、もとの運転席にもどりました。そして、車はまたもや、人家もみえぬさびしい広っぱを、どこともなく走りだしたのです。

 すると、疾走する自動車のうしろの、幅の狭いバンパーのつけねの上に、みょうなことがおこりました。さいぜん小林君がおいた百円銀貨のようなものが、車の動揺につれて、ジリジリと動き出し、はしのほうから一つずつ、地面にふりおとされていくのです。

 そして、三十個ほどのメダルが、すっかり落ちてしまうのに、七―八分もかかったのですが、自動車は、そのメダルがなくなってしまうとまもなく、とあるさびしい町に、ピッタリと停車しました。

 あとでわかったところによれば、それは同じ世田谷区内の、篠崎君のおうちとは反対のはしにある、まだ人家の建ちそろわない、さびしい住宅地だったのです。

 車がとまると、小林君と緑ちゃんとは、ふたりのインド人のために、有無をいわせず、客席から引きだされて、そこに建っていた一軒の小さい洋館の中へつれこまれました。

 ところが、その洋館の門をはいるとき、小林君はまたしても、みょうなことをしたのです。小林君はそのときまで、うしろにしばられた右手を、ギュッとにぎりしめていましたが、それを、インド人たちに気づかれぬよう、歩きながら少しずつひらいていったのです。

 すると、小林君の右手の中から、例の銀色のメダルが、一枚ずつ、やわらかい地面の上へ、音もたてず落ちはじめ、自動車のとまったところから、門内までに、つごう五枚のメダルが、二メートルほどずつ間をへだてて、地面にばらまかれました。

 読者諸君、この銀貨のようなメダルは、いったいなんでしょうか。小林君は、どうしてそんなたくさんのメダルを持っていたのでしょうか。また、それをいろいろなしかたで、自動車の通った道路や、洋館の門前に、まきちらしたのには、どういう意味があったのでしょうか。そのわけを、ひとつ想像してごらんください。

 インド人たちは、緑ちゃんをひっかかえ、小林君をつきとばすようにして、洋館にはいり、せまい廊下づたいに、ふたりを奥まった部屋へつれこみましたが、見ると、その部屋のすみの床板に、ポッカリと四角な黒い穴があいているのです。地下室への入口です。

「この中へはいりなさい。」

 インド人がおそろしい顔つきで命じました。

 小林君は両手をしばられて、まったく抵抗力をうばわれているのですから、どうすることもできません。いわれるままに、そこに立てかけてあるそまつなはしごを、あぶなっかしく、地面の穴ぐらへおりていくほかはありませんでした。小林君が、ほとんどすべり落ちるようにして、まっくらな穴ぐらの底に横たわると、インド人のひとりが、はしごの中段までおりて、そこから緑ちゃんの小さいからだを、小林君のたおれている上へ、投げおとしました。

 やがて、はしごがスルスルと天井に引きあげられ、穴ぐらの入り口は密閉され、地下室は真のやみになってしまいました。

 そのやみの中に、からだの自由をうばわれた、緑ちゃんと小林君とが、折りかさなってたおれているのです。緑ちゃんは顔中を涙にぬらして泣きいっているのですが、さるぐつわにさまたげられ、ウウウ……という、悲しげなうめき声がもれるばかりです。

 ああ、かわいそうなふたりは、これからどうなっていくことでしょうか。

   
この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。