江戸川乱歩全集

怪人二十面相

 江戸川乱歩著 出版:1936年

怪人二十面相は、1936年から連載された「少年探偵シリーズ」の第一作。

東京の至る所に現れ、宝石や美術品を盗む怪人二十面相。怪人二十面相には、必ず前もって予告状を送る奇妙な癖がった。怪人二十面相と明智小五郎、そしてその助手である小林少年と少年探偵団の活躍を描く第一作。


12.伝書バト


1.はしがき
2.鉄のわな
3.人か魔か
4.魔法使い
5.池の中
6.樹上の怪人
7.壮二君のゆくえ
8.少年探偵
9.仏像の奇跡
10.おとしあな
11.七つ道具
12.伝書バト
13.奇妙な取りひき
14.小林少年の勝利
15.おそろしき挑戦状
16.美術城
17.名探偵明智小五郎
18.不安の一夜
19.悪魔の知恵
20.巨人と怪人
21.トランクとエレベーター
22.二十面相の逮捕
23.「わしがほんものじゃ」
24.二十面相の新弟子
25.名探偵の危急
26.怪盗の巣くつ
27.少年探偵団
28.午後四時
29.名探偵の狼藉
30.種明し
31.怪盗捕縛

12.伝書バト

小林少年はふと目をさますと、部屋のようすが、いつもの探偵事務所の寝室とちがっているので、びっくりしましたが、たちまちゆうべのできごとを思いだしました。
「ああ、地下室に監禁されていたんだっけ。でも、地下室にしちゃあ、へんに明るいなあ。」
 殺風景なコンクリートの壁や床が、ほんのりと、うす明るく見えています。地下室に日がさすはずはないのだがと、なおも見まわしていますと、ゆうべは少しも気づきませんでしたが、いっぽうの天井に近く、明りとりの小さな窓がひらいていることがわかりました。
 その窓は三十センチ四ほうほどの、ごく小さいもので、そのうえ太い鉄ごうしがはめてあります。地下室の床からは、三メートル近くもある高いところですけれど、外から見れば、地面とすれすれの場所にあるのでしょう。
「はてな、あの窓から、うまく逃げだせないかしら。」
 小林君はいそいで長イスから起きあがり、窓の下に行って、明るい空を見あげました。窓にはガラスがはめてあるのですが、それがわれてしまって、大声にさけべば、外を通る人に聞こえそうにも思われるのです。
 そこで、今まで寝ていた長イスを、窓の下へおしていって、それを踏み台に、のびあがってみましたが、それでもまだ窓へとどきません。子どもの力で重い長イスをたてにすることはできないし、ほかに踏み台にする道具とても見あたりません。
 では、小林君は、せっかく窓を発見しながら、そこから外をのぞくことも、できなかったのでしょうか。いやいや、読者諸君、ご心配にはおよびません。こういうときの用意に、なわばしごというものがあるのです。少年探偵の七つ道具は、さっそく使い道ができたわけです。
 彼はカバンから絹ひものなわばしごをとりだし、それをのばして、カウ・ボーイの投げなわみたいにはずみをつけ、いっぽうのはしについているかぎを、窓の鉄ごうしめがけて投げあげました。
 三度、四度失敗したあとで、ガチッと、手ごたえがありました。かぎはうまく一本の鉄棒にかかったのです。
 なわばしごといっても、これはごくかんたんなもので、五メートルほどもある、長いじょうぶな一本の絹ひもに、二十センチごとに大きなむずび玉がこしらえてあって、そのむすび玉に足の指をかけて、よじのぼるしかけなのです。
 小林君は腕力ではおとなにおよびませんけれど、そういう器械体操めいたことになると、だれにもひけはとりませんでした。彼は、なんなくなわばしごをのぼって、窓の鉄ごうしにつかまることができました。
 ところが、そうしてしらべてみますと、失望したことには、鉄ごうしは深くコンクリートにぬりこめてあって、万能ナイフぐらいでは、とてもとりはずせないことがわかりました。
 では、窓から大声に救いをもとめてみたらどうでしょう。いや、それもほとんど見こみがないのです。窓の外は荒れはてた庭になっていて草や木がしげり、そのずっと向こうにいけがきがあって、いけがきの外は道路もない広っぱです。その広っぱへ、子どもでも遊びに来るのを待って、救いをもとめれば、もとめられるのですが、そこまで声がとどくかどうかも、うたがわしいほどです。
 それに、そんな大きなさけび声をたてたのでは、広っぱの人に聞こえるよりも先に、二十面相に聞かれてしまいます。いけない、いけない、そんな危険なことができるものですか。
 小林少年は、すっかり失望してしまいました。でも失望のなかにも、一つだけ大きな収穫がありました。といいますのは、今の今まで、この建物がいったいどこにあるのか、少しも見当がつかなかったのですが、窓をのぞいたおかげで、その位置がハッキリとわかったことです。
 読者諸君は、ただ窓をのぞいただけで、位置がわかるなんてへんだとおっしゃるかもしれません。でも、それがわかったのです。小林君はたいへん幸運だったのです。
 窓の外、広っぱのはるかむこうに、東京にたった一ヵ所しかない、きわだって特徴のある建物が見えたのです。東京の読者諸君は、戸山ヶ原にある、大人国のかまぼこをいくつもならべたような、コンクリートの大きな建物をごぞんじでしょう。じつにおあつらえむきの目じるしではありませんか。
 少年探偵は、その建物と賊の家との関係を、よく頭に入れて、なわばしごをおりました。そして、いそいで例のカバンをひらくと、手帳と鉛筆と磁石とをとりだし、方角をたしかめながら、地図を書いてみました。すると、この建物が、戸山ヶ原の北がわ、西よりの一|隅にあるということが、ハッキリとわかったのでした。ここでまた、七つ道具の中の磁石が役にたちました。
 ついでに時計を見ますと、朝の六時を、少しすぎたばかりです。上の部屋がひっそりしているようすでは、二十面相はまだ熟睡しているのかもしれません。
「ああ、ざんねんだなあ。せっかく二十面相のかくれがをつきとめたのに、その場所がちゃんとわかっているのに、賊を捕縛することができないなんて。」
 小林君は小さいこぶしをにぎりしめて、くやしがりました。
「ぼくのからだが、童話の仙女みたいに小さくなって、羽がはえて、あの窓からとびだせたらなあ。そうすれば、さっそく警視庁へ知らせて、おまわりさんを案内して、二十面相をつかまえてしまうんだがなあ。」
 彼は、そんな夢のようなことを考えて、ため息をついていましたが、ところが、そのみょうな空想がきっかけになって、ふと、すばらしい名案がうかんできたのです。
「なあんだ、ぼくは、ばかだなあ。そんなことわけなくできるじゃないか。ぼくにはピッポちゃんという飛行機があるじゃないか。」
 それを考えると、うれしさに、顔が赤くなって、胸がドキドキおどりだすのです。
 小林君は興奮にふるえる手で、手帳に、賊の巣くつの位置と、自分が地下室に監禁されていることをしるし、その紙をちぎって、こまかくたたみました。
 それから、カバンの中の伝書バトのピッポちゃんを出して、その足にむすびつけてある通信筒の中へ、今の手帳の紙をつめこみ、しっかりとふたをしめました。
「さあ、ピッポちゃん、とうとうきみが手がらをたてるときがきたよ。しっかりするんだぜ。道草なんか食うんじゃないよ。いいかい。そら、あの窓からとびだして、早く奥さんのところへ行くんだ。」
 ピッポちゃんは、小林少年の手の甲にとまって、かわいい目をキョロキョロさせて、じっと聞いていましたが、ご主人の命令がわかったものとみえて、やがて勇ましく羽ばたきして、地下室の中を二―三度行ったり来たりすると、ツーッと窓の外へとびだしてしまいました。
「ああ、よかった。十分もすれば、ピッポちゃんは、明智先生のおばさんのところへとんでいくだろう。おばさんはぼくの手紙を読んで、さぞびっくりなさるだろうなあ。でも、すぐに警視庁へ電話をかけてくださるにちがいない。それから警官がここへかけつけるまで、三十分かな? 四十分かな? なんにしても、今から一時間のうちには、賊がつかまるんだ。そしてぼくは、この穴ぐらから出ることができるんだ。」
 小林少年は、ピッポちゃんの消えていった空をながめながら、むちゅうになって、そんなことを考えていました。あまりむちゅうになっていたものですから、いつのまにか、天井のおとし穴のふたがあいたことを、少しも気づきませんでした。
「小林君、そんなところで、何をしているんだね。」
 聞きおぼえのある二十面相の声が、まるで雷のように少年の耳をうちました。
 ギョッとしてそこを見あげますと、天井にポッカリあいた四角な穴から、ゆうべのままの、しらが頭の賊の顔が、さかさまになって、のぞいていたではありませんか。
 アッ、それじゃ、ピッポちゃんのとんでいくのを、見られたんじゃないかしら。
 小林君は、思わず顔色をかえて賊の顔を見つめました。

   
この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。