江戸川乱歩全集

怪人二十面相

 江戸川乱歩著 出版:1936年

怪人二十面相は、1936年から連載された「少年探偵シリーズ」の第一作。

東京の至る所に現れ、宝石や美術品を盗む怪人二十面相。怪人二十面相には、必ず前もって予告状を送る奇妙な癖がった。怪人二十面相と明智小五郎、そしてその助手である小林少年と少年探偵団の活躍を描く第一作。


13.奇妙な取りひき


1.はしがき
2.鉄のわな
3.人か魔か
4.魔法使い
5.池の中
6.樹上の怪人
7.壮二君のゆくえ
8.少年探偵
9.仏像の奇跡
10.おとしあな
11.七つ道具
12.伝書バト
13.奇妙な取りひき
14.小林少年の勝利
15.おそろしき挑戦状
16.美術城
17.名探偵明智小五郎
18.不安の一夜
19.悪魔の知恵
20.巨人と怪人
21.トランクとエレベーター
22.二十面相の逮捕
23.「わしがほんものじゃ」
24.二十面相の新弟子
25.名探偵の危急
26.怪盗の巣くつ
27.少年探偵団
28.午後四時
29.名探偵の狼藉
30.種明し
31.怪盗捕縛

13.奇妙な取りひき

「少年探偵さん、どうだったね、ゆうべの寝ごこちは。ハハハ……、おや、窓になんだか黒いひもがぶらさがっているじゃないか。ははあ、用意のなわばしごというやつだね。感心、感心、きみは、じつに考えぶかい子どもだねえ。だが、その窓の鉄棒は、きみの力じゃはずせまい。そんなところに立って、いつまで窓をにらんでいたって逃げだせっこはないんだよ。気のどくだね。」
 賊は、にくにくしくあざけるのでした。
「やあ、おはよう。ぼくは逃げだそうなんて思ってやしないよ。居ごこちがいいんだもの。この部屋は気にいったよ。ぼくはゆっくり滞在するつもりだよ。」
 小林少年も負けてはいませんでした。今、窓から伝書バトをとばしたのを、賊に感づかれたのではないかと、胸をドキドキさせていたのですが、二十面相の口ぶりでは、そんなようすも見えませんので、すっかり安心してしまいました。
 ピッポちゃんさえ、ぶじに探偵事務所へついてくれたら、もうしめたものです。二十面相が、どんなに毒口をたたいたって、なんともありません。最後の勝利はこっちのものだとわかっているからです。
「居ごこちがいいんだって? ハハハ……、ますます感心だねえ。さすがは明智の片腕といわれるほどあって、いい度胸だ。だが、小林君、少し心配なことがありゃしないかい。え、きみは、もうおなかがすいている時分だろう。うえ死にしてもいいというのかい。」
 何をいっているんだ。今にピッポちゃんの報告で、警察からたくさんのおまわりさんが、かけつけてくるのも知らないで。小林君は何もいわないで、心の中であざわらっていました。
「ハハハ……、少ししょげたようだね。いいことを教えてやろうか。きみは代価をはらうんだよ。そうすれば、おいしい朝ご飯をたべさせてあげるよ。いやいや、お金じゃない。食事の代価というのはね、きみの持っているピストルだよ。そのピストルを、おとなしくこっちへひきわたせば、コックにいいつけて、さっそく朝ご飯を運ばせるんだがねえ。」
 賊は大きなことはいうものの、やっぱりピストルをきみ悪がっているのでした。それを食事の代価としてとりあげるとは、うまいことを思いついたものです。
 小林少年は、やがて救いだされることを信じていましたから、それまで食事をがまんするのは、なんでもないのですが、あまり平気な顔をしていて、相手にうたがいをおこさせてはまずいと考えました。それに、どうせピストルなどに、もう用事はないのです。
「ざんねんだけれど、きみの申し出に応じよう。ほんとうは、おなかがペコペコなんだ。」
 わざと、くやしそうに答えました。
 賊は、それをお芝居とは心づかず、計略が図にあたったとばかり、とくいになって、
「ウフフフ……、さすがの少年探偵も、ひもじさにはかなわないとみえるね。よしよし、今すぐに食事をおろしてやるからね。」
といいながら、おとし穴をしめて姿を消しましたが、やがて、何かコックに命じているらしい声が、天井から、かすかに聞こえてきました。
 あんがい食事の用意がてまどって、ふたたび二十面相が、おとし穴をひらいて顔を出したのは、それから二十分もたったころでした。
「さあ、あたたかいご飯を持ってきてあげたよ。が、まず代価のほうを、さきにちょうだいすることにしよう。さあ、このかごにピストルを入れるんだ。」
 綱のついた小さなかごが、スルスルとおりてきました。小林少年が、いわれるままに、ピストルをその中へ入れますと、かごは、手ばやく天井へたぐりあげられ、それから、もう一度おりてきたときには、その中に湯気のたっているおにぎりが三つと、ハムと、なま卵と、お茶のびんとが、ならべてありました。とりこの身分にしては、なかなかのごちそうです。
「さあ、ゆっくりたべてくれたまえ。きみのほうで代価さえはらってくれたら、いくらでもごちそうしてあげるよ。お昼のご飯には、こんどはダイヤモンドだぜ。せっかく手に入れたのを、気のどくだけれど、一粒ずつちょうだいすることにするよ。いくらざんねんだといって、ひもじさにはかえられないからね。つまり、そのダイヤモンドを、すっかり、返してもらうというわけなんだよ。一粒ずつ、一粒ずつ、ハハハ……、ホテルの主人も、なかなかたのしみなものだねえ。」
 二十面相は、この奇妙な取りひきが、ゆかいでたまらないようすでした。しかし、そんな気のながいことをいっていて、ほんとうにダイヤモンドがとりかえせるのでしょうか。
 そのまえに、彼自身がとりこになってしまうようなことはないでしょうか。

   
この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。