江戸川乱歩全集

怪人二十面相

 江戸川乱歩著 出版:1936年

怪人二十面相は、1936年から連載された「少年探偵シリーズ」の第一作。

東京の至る所に現れ、宝石や美術品を盗む怪人二十面相。怪人二十面相には、必ず前もって予告状を送る奇妙な癖がった。怪人二十面相と明智小五郎、そしてその助手である小林少年と少年探偵団の活躍を描く第一作。


15.おそろしき挑戦状


1.はしがき
2.鉄のわな
3.人か魔か
4.魔法使い
5.池の中
6.樹上の怪人
7.壮二君のゆくえ
8.少年探偵
9.仏像の奇跡
10.おとしあな
11.七つ道具
12.伝書バト
13.奇妙な取りひき
14.小林少年の勝利
15.おそろしき挑戦状
16.美術城
17.名探偵明智小五郎
18.不安の一夜
19.悪魔の知恵
20.巨人と怪人
21.トランクとエレベーター
22.二十面相の逮捕
23.「わしがほんものじゃ」
24.二十面相の新弟子
25.名探偵の危急
26.怪盗の巣くつ
27.少年探偵団
28.午後四時
29.名探偵の狼藉
30.種明し
31.怪盗捕縛

15.おそろしき挑戦状

戸山ヶ原の廃屋の捕り物があってから二時間ほどのち、警視庁の陰気な調べ室で、怪盗二十面相の取り調べがおこなわれました。なんの飾りもない、うす暗い部屋に机が一脚、そこに中村捜査係長と老人に変装したままの怪盗と、ふたりきりのさし向かいです。
 賊はうしろ手にいましめられたまま、傍若無人に立ちはだかっています。さいぜんから、おしのようにだまりこくって、一言も、ものをいわないのです。
「ひとつ、きみの素顔を見せてもらおうか。」
 係長は、賊のそばへよると、いきなり白髪のかつらに手をかけて、スッポリと引きぬきました。すると、その下から黒々とした頭があらわれました。つぎには、顔いっぱいの、しらがのつけひげを、むしりとりました。そして、いよいよ賊の素顔がむきだしになったのです。
「おやおや、きみは、あんがいぶおとこだねえ。」
 係長がそういって、みょうな顔をしたのももっともでした。賊は、せまいひたい、クシャクシャと不ぞろいな短いまゆ、その下にギョロッと光っているどんぐりまなこ、ひしゃげた鼻、しまりのない厚ぼったいくちびる、まったく利口そうなところの感じられない、野蛮人のような、異様な相好でした。
 先にもいうとおり、この賊はいくつとなくちがった顔を持っていて、ときに応じて老人にも、青年にも、女にさえも化けるという怪物ですから、世間一般にはもちろん、警察の係官たちにも、そのほんとうの容ぼうは少しもわかっていなかったのです。
 それにしても、これはまあ、なんてみにくい顔をしているのだろう。もしかしたら、この野蛮人みたいな顔が、やっぱり変装なのかもしれない。
 中村係長は、なんともたとえられないぶきみなものを感じました。係長は、じっと賊の顔をにらみつけて、思わず、声を大きくしないではいられませんでした。
「おい、これがおまえのほんとうの顔なのか。」
 じつにへんてこな質問です。しかし、そういうばかばかしい質問をしないではいられぬ気持でした。
 すると怪盗は、どこまでもおしだまったまま、しまりのないくちびるを、いっそうしまりなくして、ニヤニヤと笑いだしたのです。
 それを見ると、中村係長は、なぜかゾッとしました。目の前に、何か想像もおよばない奇怪なことがおこりはじめているような気がしたのです。
 係長は、その恐怖をかくすように、いっそう相手に近づくと、いきなり両手をあげて、賊の顔をいじりはじめました。まゆ毛をひっぱってみたり、鼻をおさえてみたり、ほおをつねってみたり、あめざいくでもおもちゃにしているようです。
 ところが、そうしていくらしらべてみても、賊は変装しているようすはありません。かつてあの美青年の羽柴壮一君になりすました賊が、そのじつ、こんな化け物みたいなみにくい顔をしていたとは、じつに意外というほかはありません。
「エヘヘヘ……、くすぐってえや、よしてくんな、くすぐってえや。」
 賊がやっと声をたてました。しかし、なんというだらしのないことばでしょう。彼は口のきき方までいつわって、あくまで警察をばかにしようというのでしょうか。それとも、もしかしたら……。
 係長はギョッとして、もう一度賊をにらみつけました。頭の中に、ある、とほうもない考えがひらめいたのです。ああ、そんなことがありうるでしょうか。あまりにばかばかしい空想です。まったく不可能なことです。でも、係長は、それをたしかめてみないではいられませんでした。
「きみはだれだ。きみは、いったいぜんたい何者なんだ。」
 またしても、へんてこな質問です。
 すると、賊はその声に応じて、まちかまえていたように答えました。
「あたしは、木下虎吉っていうもんです。職業はコックです。」
「だまれ! そんなばかみたいな口をきいて、ごまかそうとしたって、だめだぞ。ほんとうのことをいえ。二十面相といえば世間に聞こえた大盗賊じゃないか。ひきょうなまねをするなっ。」
 どなりつけられて、ひるむかと思いのほか、いったいどうしたというのでしょう。賊は、いきなりゲラゲラと笑いだしたではありませんか。
「ヘエー、二十面相ですって、このあたしがですかい。ハハハ……、とんだことになるものですね。二十面相がこんなきたねえ男だと思っているんですかい。警部さんも目がないねえ。いいかげんにわかりそうなもんじゃありませんか。」
 中村係長は、それを聞くと、ハッと顔色をかえないでいられませんでした。
「だまれッ、でたらめもいいかげんにしろ。そんなばかなことがあるものか。きさまが二十面相だということは、小林少年がちゃんと証明しているじゃないか。」
「ワハハハ……、それがまちがっているんだから、お笑いぐさでさあ。あたしはね、べつになんにも悪いことをしたおぼえはねえ、ただのコックですよ。二十面相だかなんだか知らないが、十日ばかりまえ、あの家へやとわれたコックの虎吉ってもんですよ。なんなら、コックの親方のほうをしらべてくださりゃ、すぐわかることです。」
「その、なんでもないコックが、どうしてこんな老人の変装をしているんだ。」
「それがね、いきなりおさえつけられて、着物を着かえさせられ、かつらをかぶせられてしまったんでさあ。あたしも、じつは、よくわけがわからないんだが、おまわりさんが、ふみこんできなすったときに、主人が、あたしの手をとって、屋根裏部屋へかけあがったのですよ。
 あの部屋にはかくし戸棚があってね、そこにいろんな変装の衣装が入れてあるんです。主人はその中から、おまわりさんの洋服や、帽子などをとりだして、手早く身につけると、今まで着ていたおじいさんの着物を、あたしに着せて、いきなり、『賊をつかまえた。』とどなりながら、身動きもできないようにおさえつけてしまったんです。今から考えてみると、つまり警部さんの部下のおまわりさんが、二十面相を見つけだして、いきなりとびかかったという、お芝居をやってみせたわけですね。屋根裏部屋はうす暗いですからね。あのさわぎのさいちゅう、顔なんかわかりっこありませんや。あたしは、どうすることもできなかったんですよ。なにしろ、主人ときたら、えらいちからですからねえ。」
 中村係長は、青ざめてこわばった顔で、無言のまま、はげしく卓上のベルをおしました。そして、警部が顔を出すと、けさ戸山ヶ原の廃屋を包囲した警官のうち、表口、裏口の見はり番をつとめた四人の警官に、すぐ来るようにと伝えさせたのです。
 やがて、はいってきた四人の警官を、係長は、こわい顔でにらみつけました。
「こいつを逮捕していたとき、あの家から出ていったものはなかったかね。そいつは警官の服装をしていたかもしれないのだ。だれか見かけなかったかね。」
 その問いに応じて、ひとりの警官が答えました。
「警官ならばひとり出ていきましたよ。賊がつかまったから早く二階へ行けと、どなっておいて、ぼくらがあわてて階段のほうへかけだすのと反対に、その男は外へ走っていきました。」
「なぜ、それを今までだまっているんだ。だいいち、きみはその男の顔を見なかったのかね。いくら警官の制服を着ていたからって、顔を見れば、にせ者かどうかすぐわかるはずじゃないか。」
 係長のひたいには、静脈がおそろしくふくれあがっています。
「それが、顔を見るひまがなかったんです。風のように走ってきて、風のようにとびだしていったものですから。しかし、ぼくはちょっとふしんに思ったので、きみはどこへ行くんだ、と声をかけました。するとその男は、電話だよ、係長のいいつけで電話をかけに行くんだよ、とさけびながら、走っていってしまいました。
 電話ならば、これまで例がないこともないので、ぼくはそれ以上うたがいませんでした。それに、賊が、つかまってしまったのですから、かけだしていった警官のことなんかわすれてしまって、ついご報告しなかったのですよ。」
 聞いてみれば、むりのない話でした。むりがないだけに、賊の計画が、じつに機敏に、しかも用意周到におこなわれたことを、おどろかないではいられませんでした。
 もう、うたがうところはありません。ここに立っている野蛮人みたいな、みにくい顔の男は、怪盗でもなんでもなかったのです。つまらないひとりのコックにすぎなかったのです。そのつまらないコックをつかまえるために十数名の警官が、あの大さわぎを演じたのかと思うと、係長も四人の警官も、あまりのことに、ただ、ぼうぜんと顔を見あわせるほかはありませんでした。
「それから、警部さん、主人があなたにおわたししてくれといって、こんなものを書いていったんですが。」
 コックの虎吉が、十徳の胸をひらいて、もみくちゃになった一枚の紙きれを取りだし、係長の前にさしだしました。
 中村係長は、ひったくるようにそれを受けとると、しわをのばして、すばやく読みくだしましたが、読みながら、係長の顔は、憤怒のあまり、紫色にかわったかと見えました。
 そこには、つぎのようなばかにしきった文言が書きつけてあったのです。

 小林君によろしく伝えてくれたまえ。あれはじつにえらい子どもだ。ぼくはかわいくてしかたがないほどに思っている。だが、いくらかわいい小林君のためだって、ぼくの一身を犠牲にすることはできない。勝利によっているあの子どもには気のどくだが、少々実世間の教訓をあたえてやったわけだ。子どものやせ腕でこの二十面相に敵対することは、もうあきらめたがよいと伝えてくれたまえ。これにこりないと、とんだことになるぞと、伝えてくれたまえ。ついでながら、警官諸公に、少しばかりぼくの計画をもらしておく。羽柴氏は少し気のどくになった。もうこれ以上なやますことはしない。じつをいうと、ぼくはあんな貧弱な美術室に、いつまでも執着しているわけにはいかないのだ。ぼくはいそがしい。じつは今、もっと大きなものに手をそめかけているのだ。それがどのような大事業であるかは、近日、諸君の耳にもたっすることだろう。では、そのうちまたゆっくりお目にかかろう。
二十面相より
中村|善四郎君

 読者諸君、かくして二十面相と小林少年のたたかいは、ざんねんながら、けっきょく、怪盗の勝利に終わりました。しかも二十面相は、羽柴家の宝庫を貧弱とあざけり、大事業に手をそめているといばっています。彼の大事業とはいったい、何を意味するのでしょうか。こんどこそ、もう小林少年などの手におえないかもしれません。待たれるのは、明智小五郎の帰国です。それもあまり遠いことではありますまい。
 ああ、名探偵明智小五郎と怪人二十面相の対立、知恵と知恵との一騎うち、その日が待ちどおしいではありませんか。

   
この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。