江戸川乱歩全集

怪人二十面相

 江戸川乱歩著 出版:1936年

怪人二十面相は、1936年から連載された「少年探偵シリーズ」の第一作。

東京の至る所に現れ、宝石や美術品を盗む怪人二十面相。怪人二十面相には、必ず前もって予告状を送る奇妙な癖がった。怪人二十面相と明智小五郎、そしてその助手である小林少年と少年探偵団の活躍を描く第一作。


24.二十面相の新弟子


1.はしがき
2.鉄のわな
3.人か魔か
4.魔法使い
5.池の中
6.樹上の怪人
7.壮二君のゆくえ
8.少年探偵
9.仏像の奇跡
10.おとしあな
11.七つ道具
12.伝書バト
13.奇妙な取りひき
14.小林少年の勝利
15.おそろしき挑戦状
16.美術城
17.名探偵明智小五郎
18.不安の一夜
19.悪魔の知恵
20.巨人と怪人
21.トランクとエレベーター
22.二十面相の逮捕
23.「わしがほんものじゃ」
24.二十面相の新弟子
25.名探偵の危急
26.怪盗の巣くつ
27.少年探偵団
28.午後四時
29.名探偵の狼藉
30.種明し
31.怪盗捕縛

24.二十面相の新弟子

明智小五郎の住宅は、港区竜土町の閑静なやしき町にありました。名探偵は、まだ若くて美しい文代夫人と、助手の小林少年と、お手伝いさんひとりの、質素な暮らしをしているのでした。
 明智探偵が、外務省からある友人の宅へたちよって帰宅したのは、もう夕方でしたが、ちょうどそこへ警視庁へ呼ばれていた小林君も帰ってきて、洋館の二階にある明智の書斎へはいって、二十面相の替え玉事件を報告しました。
「たぶん、そんなことだろうと思っていた。しかし、中村君には気のどくだったね。」
 名探偵は、にが笑いをうかべていうのでした。
「先生、ぼく少しわからないことがあるんですが。」
 小林少年は、いつも、ふにおちないことは、できるだけ早く、勇敢にたずねる習慣でした。
「先生が二十面相をわざと逃がしておやりになったわけは、ぼくにもわかるのですけれど、なぜあのとき、ぼくに尾行させてくださらなかったのです。博物館の盗難をふせぐのにも、あいつのかくれがが知れなくては、こまるんじゃないかと思いますが。」
 明智探偵は小林少年の非難を、うれしそうににこにこして聞いていましたが、立ちあがって、窓のところへ行くと、小林少年を手まねきしました。
「それはね。二十面相のほうで、ぼくに知らせてくれるんだよ。
 なぜだかわかるかい。さっきホテルで、ぼくはあいつを、じゅうぶんはずかしめてやった。あれだけの凶賊を、探偵がとらえようともしないで逃がしてやるのが、どんなひどい侮辱だか、きみには想像もできないくらいだよ。
 二十面相は、あのことだけでも、ぼくをころしてしまいたいほどにくんでいる。そのうえ、ぼくがいては、これから思うように仕事もできないのだから、どうかしてぼくをいうじゃま者を、なくしようと考えるにちがいない。
 ごらん、窓の外を。ホラ、あすこに紙芝居屋がいるだろう。こんなさびしいところで、紙芝居が荷をおろしたって、商売になるはずはないのに、あいつはもうさっきから、あすこに立ちどまって、この窓を、見ぬようなふりをしながら、いっしょうけんめいに見ているのだよ。」
 いわれて、小林君が、明智邸の門前の細い道路を見ますと、いかにも、ひとりの紙芝居屋が、うさんくさいようすで立っているのです。
「じゃ、あいつ二十面相の部下ですね。先生のようすをさぐりに来ているんですね。」
「そうだよ。それごらん。べつに苦労をしてさがしまわらなくても、先方からちゃんと近づいてくるだろう。あいつについていけば、しぜんと、二十面相のかくれがもわかるわけじゃないか。」
「じゃ、ぼく、姿をかえて尾行してみましょうか。」
 小林君は気が早いのです。
「いや、そんなことしなくてもいいんだ。ぼくに少し考えがあるからね。相手は、なんといってもおそろしく頭のするどいやつだから、うかつなまねはできない。
 ところでねえ、小林君、あすあたり、ぼくの身辺に、少しかわったことが、おこるかもしれないよ。だが、けっしておどろくんじゃないぜ。ぼくは、けっして二十面相なんかに、出しぬかれやしないからね。たとえぼくの身があぶないようなことがあっても、それも一つの策略なのだから、けっして心配するんじゃないよ。いいかい。」
 そんなふうに、しんみりといわれますと、小林少年は、するなといわれても、心配しないわけにはいきませんでした。
「先生、何かあぶないことでしたら、ぼくにやらせてください。先生に、もしものことがあってはたいへんですから。」
「ありがとう。」
 明智探偵は、あたたかい手を少年の肩にあてていうのでした。
「だが、きみにはできない仕事なんだよ。まあ、ぼくを信じていたまえ。きみも知っているだろう。ぼくが一度だって失敗したことがあったかい……。心配するんじゃないよ。心配するんじゃないよ。」

 さて、その翌日の夕方のことでした。
 明智探偵の門前、ちょうど、きのう紙芝居が立っていたへんに、きょうはひとりの乞食がすわりこんで、ほんの時たま通りかかる人に、何か口の中でモグモグいいながら、おじぎをしております。
 にしめたようなきたない手ぬぐいでほおかむりをして、ほうぼうにつぎのあたった、ぼろぼろにやぶれた着物を着て、一枚のござの上にすわって、寒そうにブルブル身ぶるいしているありさまは、いかにもあわれに見えます。
 ところが、ふしぎなことに、往来に人通りがとだえますと、この乞食のようすが一変するのでした。今まで低くたれていた首を、ムクムクともたげて、顔いちめんの無精ひげの中から、するどい目を光らせて、目の前の明智探偵の家を、ジロジロとながめまわすのです。
 明智探偵は、その日午前中は、どこかへ出かけていましたが、三時間ほどで帰宅すると、往来からそんな乞食が見はっているのを、知ってか知らずにか、表に面した二階の書斎で、机に向かって、しきりに何か書きものをしています。その位置が窓のすぐ近くなものですから、乞食のところから、明智の一|挙一|動が、手にとるように見えるのです。
 それから夕方までの数時間、乞食はこんきよく地面にすわりつづけていました。明智探偵のほうも、こんきよく窓から見える机に向かいつづけていました。
 午後はずっと、ひとりの訪問客もありませんでしたが、夕方になって、ひとりの異様な人物が、明智邸の低い石門の中へはいっていきました。
 その男は、のびほうだいにのばした髪の毛、顔中をうすぐろくうずめている無精ひげ、きたない背広服を、メリヤスのシャツの上にじかに着て、しまめもわからぬ鳥打ち帽子をかぶっています。浮浪人といいますか、ルンペンといいますか、見るからにうすきみの悪いやつでしたが、そいつが門をはいってしばらくしますと、とつぜんおそろしいどなり声が、門内からもれてきました。
「やい、明智、よもやおれの顔を見わすれやしめえ。おらあお礼をいいに来たんだ。さあ、その戸をあけてくれ。おらあうちの中へはいって、おめえにもおかみさんにも、ゆっくりお礼が申してえんだッ。なんだと、おれに用はねえ? そっちで用がなくっても、こっちにゃ、ウントコサ用があるんだ。さあ、そこをどけ。おらあ、きさまのうちへはいるんだ。」
 どうやら明智自身が、洋館のポーチへ出て、応対しているらしいのですが、明智の声は、聞こえません。ただ浮浪人の声だけが、門の外までひびきわたっています。
 それを聞くと、往来にすわっていた乞食が、ムクムクとおきあがり、ソッとあたりを見まわしてから、石門のところへしのびよって、電柱のかげから中のようすをうかがいはじめました。
 見ると、正面のポーチの上に明智小五郎がつっ立ち、そのポーチの石段へ片足かけた浮浪人が、明智の顔の前でにぎりこぶしをふりまわしながら、しきりとわめきたてています。
 明智は少しもとりみださず、しずかに浮浪人を見ていましたが、ますますつのる暴言に、もうがまんができなくなったのか、
「ばかッ。用がないといったらないのだ。出ていきたまえ。」
と、どなったかと思うと、いきなり浮浪人をつきとばしました。
 つきとばされた男は、ヨロヨロとよろめきましたが、グッとふみこたえて、もう死にものぐるいで、「ウヌ!」とうめきざま、明智めがけて組みついていきます。
 しかし、格闘となってはいくら浮浪人がらんぼうでも、柔道三段の明智探偵にかなうはずはありません。たちまち、腕をねじあげられ、ヤッとばかりに、ポーチの下の敷石の上に、投げつけられてしまいました。男は、投げつけられたまま、しばらく、痛さに身動きもできないようすでしたが、やがて、ようやく起きあがったときには、ポーチのドアはかたくとざされ、明智の姿は、もうそこには見えませんでした。
 浮浪人はポーチへあがっていって、ドアをガチャガチャいわせていましたが、中から締まりがしてあるらしく、おせども引けども、動くものではありません。
「ちくしょうめ、おぼえていやがれ。」
 男は、とうとうあきらめたものか、口の中でのろいのことばをブツブツつぶやきながら、門の外へ出てきました。
 さいぜんからのようすを、すっかり見とどけた乞食は、浮浪人をやりすごしておいて、そのあとからそっとつけていきましたが、明智邸を少しはなれたところで、いきなり、
「おい、おまえさん。」
と、男に呼びかけました。
「エッ。」
 びっくりしてふりむくと、そこに立っているのは、きたならしい乞食です。
「なんだい、おこもさんか。おらあ、ほどこしをするような金持じゃあねえよ。」
 浮浪人はいいすてて、立ちさろうとします。
「いや、そんなことじゃない。少しきみにききたいことがあるんだ。」
「なんだって?」
 乞食の口のきき方がへんなので、男はいぶかしげに、その顔をのぞきこみました。
「おれはこう見えても、ほんものの乞食じゃないんだ。じつは、きみだから話すがね。おれは二十面相の手下のものなんだ。けさっから、明智の野郎の見はりをしていたんだよ。だが、きみも明智には、よっぽどうらみがあるらしいようすだね。」
 ああ、やっぱり、乞食は二十面相の部下のひとりだったのです。
「うらみがあるどころか、おらあ、あいつのために刑務所へぶちこまれたんだ。どうかして、このうらみを返してやりたいと思っているんだ。」
 浮浪人は、またしても、にぎりこぶしをふりまわして、憤慨するのでした。
「名まえはなんていうんだ。」
「赤井寅三ってもんだ。」
「どこの身うちだ。」
「親分なんてねえ。一本立ちよ。」
「フン、そうか。」
 乞食はしばらく考えておりましたが、やがて、何を思ったか、こんなふうに切りだしました。
「二十面相という親分の名まえを知っているか。」
「そりゃあ聞いているさ。すげえ腕まえだってね。」
「すごいどころか、まるで魔法使いだよ。こんどなんか、博物館の国宝を、すっかりぬすみだそうという勢いだからね……。ところで、二十面相の親分にとっちゃ、この明智小五郎って野郎は、敵も同然なんだ。明智にうらみのあるきみとは、おなじ立ち場なんだ。きみ、二十面相の親分の手下になる気はないか。そうすりゃあ、うんとうらみが返せようというもんだぜ。」
 赤井寅三は、それを聞くと、乞食の顔を、まじまじとながめていましたが、やがて、ハタと手を打って、
「よし、おらあそれにきめた。兄貴、その二十面相の親分に、ひとつひきあわせてくんねえか。」
と、弟子入りを所望するのでした。
「ウン、ひきあわせるとも。明智にそんなうらみのあるきみなら、親分はきっと喜ぶぜ。だがな、その前に、親分へのみやげに、ひとつ手がらをたてちゃどうだ。それも、明智の野郎をひっさらう仕事なんだぜ。」
 乞食姿の二十面相の部下は、あたりを見まわしながら、声をひくめていうのでした。

   
この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。