江戸川乱歩全集

怪人二十面相

 江戸川乱歩著 出版:1936年

怪人二十面相は、1936年から連載された「少年探偵シリーズ」の第一作。

東京の至る所に現れ、宝石や美術品を盗む怪人二十面相。怪人二十面相には、必ず前もって予告状を送る奇妙な癖がった。怪人二十面相と明智小五郎、そしてその助手である小林少年と少年探偵団の活躍を描く第一作。


27.少年探偵団


1.はしがき
2.鉄のわな
3.人か魔か
4.魔法使い
5.池の中
6.樹上の怪人
7.壮二君のゆくえ
8.少年探偵
9.仏像の奇跡
10.おとしあな
11.七つ道具
12.伝書バト
13.奇妙な取りひき
14.小林少年の勝利
15.おそろしき挑戦状
16.美術城
17.名探偵明智小五郎
18.不安の一夜
19.悪魔の知恵
20.巨人と怪人
21.トランクとエレベーター
22.二十面相の逮捕
23.「わしがほんものじゃ」
24.二十面相の新弟子
25.名探偵の危急
26.怪盗の巣くつ
27.少年探偵団
28.午後四時
29.名探偵の狼藉
30.種明し
31.怪盗捕縛

27.少年探偵団

翌朝になっても明智探偵が帰宅しないものですから、るす宅は大さわぎになりました。
 探偵が同伴して出かけた、事件依頼者の婦人の住所がひかえてありましたので、そこをしらべますと、そんな婦人なんか住んでいないことがわかりました。さては二十面相のしわざであったかと、人々は、はじめてそこへ気がついたのです。
 各新聞の夕刊は、「名探偵明智小五郎氏誘かいさる」という大見出しで、明智の写真をおおきく入れて、この椿事をデカデカと書きたて、ラジオもこれをくわしく報道しました。
「ああ、たのみに思うわれらの名探偵は、賊のとりこになった。博物館があぶない。」
 一千万の都民は、わがことのようにくやしがり、そこでもここでも、人さえ集まれば、もう、この事件のうわさばかり、全都の空が、なんともいえない陰うつな、不安の黒雲におおわれたように、感じないではいられませんでした。
 しかし、名探偵の誘かいを、世界中でいちばんざんねんに思ったのは、探偵の少年助手小林芳雄君でした。
 一晩待ちあかして朝になっても、また、一日むなしく待って、夜がきても、先生はお帰りになりません。警察では二十面相に誘かいされたのだといいますし、新聞やラジオまでそのとおりに報道するものですから、先生の身のうえが心配なばかりでなく、名探偵の名誉のために、くやしくって、くやしくって、たまらないのです。
 そのうえ、小林君は自分の心配のほかに、先生の奥さんをなぐさめなければなりませんでした。さすが明智探偵の夫人ほどあって、涙を見せるようなことはなさいませんでしたが、不安にたえぬ青ざめた顔に、わざと笑顔をつくっていらっしゃるようすを見ますと、お気のどくで、じっとしていられないのです。
「奥さん大じょうぶですよ。先生が賊のとりこなんかになるもんですか。きっと先生には、ぼくたちの知らない、何か深い計略があるのですよ。それでこんなにお帰りがおくれるんですよ。」
 小林君は、そんなふうにいって、しきりと明智夫人をなぐさめましたが、しかし、べつに自信があるわけではなく、しゃべっているうちに、自分のほうでも不安がこみあげてきて、ことばもとぎれがちになるのでした。
 名探偵助手の小林君も、こんどばかりは、手も足も出ないのです。二十面相のかくれがを知る手がかりはまったくありません。
 おとといは、賊の部下が紙芝居屋に化けて、ようすをさぐりに来ていたが、もしやきょうもあやしい人物が、そのへんをうろうろしていないかしら。そうすれば、賊の住み家をさぐる手だてもあるんだがと、一縷の望みに、たびたび二階へあがって表通りを見まわしても、それらしい者の影さえしません。賊のほうでは、誘かいの目的をはたしてしまったのですから、もうそういうことをする必要がないのでしょう。
 そんなふうにして、不安の第二夜も明けて、三日めの朝のことでした。
 その日はちょうど日曜日だったのですが、明智夫人と小林少年が、さびしい朝食を終わったところへ、玄関へ鉄砲玉のようにとびこんできた少年がありました。
「ごめんください。小林君いますか。ぼく羽柴です。」
 すきとおった子どもの叫び声に、おどろいて出てみますと、おお、そこには、ひさしぶりの羽柴壮二少年が、かわいらしい顔をまっかに上気させて、息をきらして立っていました。よっぽど大急ぎで走ってきたものとみえます。
 読者諸君はよもやおわすれではありますまい。この少年こそ、いつか自宅の庭園にわなをしかけて、二十面相を手ひどい目にあわせた、あの大実業家羽柴壮太郎氏のむすこさんです。
「オヤ、壮二君ですか。よく来ましたね。サア、おあがりなさい。」
 小林君は自分より二つばかり年下の壮二君を、弟かなんぞのようにいたわって、応接室へみちびきました。
「で、なんかきゅうな用事でもあるんですか。」
 たずねますと、壮二少年は、おとなのような口調で、こんなことをいうのでした。
「明智先生、たいへんでしたね。まだゆくえがわからないのでしょう。それについてね、ぼく少し相談があるんです。
 あのね、いつかの事件のときから、ぼく、きみを崇拝しちゃったんです。そしてね、ぼくもきみのようになりたいと思ったんです。それから、きみのはたらきのことを、学校でみんなに話したら、ぼくと同じ考えのものが十人も集まっちゃったんです。
 それで、みんなで、少年探偵団っていう会をつくっているんです。むろん学校の勉強やなんかのじゃまにならないようにですよ。ぼくのおとうさんも、学校さえなまけなければ、まあいいって許してくだすったんです。
 きょうは日曜でしょう。だもんだから、ぼくみんなを連れて、きみんちへおみまいに来たんです。そしてね、みんなはね、きみのさしずを受けて、ぼくたち少年探偵団の力で、明智先生のゆくえをさがそうじゃないかって言ってるんです。」
 ひと息にそれだけ言ってしまうと、壮二君はかわいい目で、小林少年をにらみつけるようにして、返事を待つのでした。
「ありがとう。」
 小林君は、なんだか涙が出そうになるのを、やっとがまんして、ギュッと壮二君の手をにぎりました。
「きみたちのことを明智先生がお聞きになったら、どんなにお喜びになるかもしれないですよ。ええ、きみたちの探偵団でぼくをたすけてください。みんなで何か手がかりをさがしだしましょう。
 けれどね、きみたちはぼくとちがうんだから、危険なことはやらせませんよ。もしものことがあると、みんなのおとうさんやおかあさんに申しわけないですからね。
 しかし、ぼくが今考えているのは、ちっとも危険のない探偵方法です。きみ、『聞きこみ』っての知ってますか。いろんな人の話をきいてまわって、どんな小さなことでものがさないで、うまく手がかりをつかむ探偵方法なんです。
 なまじっか、おとななんかより、子どものほうがすばしっこいし、相手がゆだんするから、きっとうまくいくと思いますよ。
 それにはね、おとといの晩、先生を連れだした女の人相や服装、それから自動車の行った方角もわかっているんだから、その方角に向かって、ぼくらが今の聞きこみをやればいいんですよ。
 店の小僧さんでもいいし、ご用聞きでもいいし、郵便配達さんだとか、そのへんに遊んでいる子どもなんかつかまえて、あきずに聞いてまわるんですよ。
 ここでは方角がわかっていても、先になるほど道がわかれていて、見当をつけるのがたいへんだけれど、人数が多いから大じょうぶだ。道がわかれるたびに、ひとりずつ、そのほうへ行けばいいんです。
 そうして、きょう一日聞きこみをやれば、ひょっとしたら、何か手がかりがつかめるかもしれないですよ。」
「ええ、そうしましょう。そんなことわけないや。じゃ、探偵団のみんなを門の中へ呼んでもいいですか。」
「ええ、どうぞ、ぼくもいっしょに外へ出ましょう。」
 そして、ふたりは、明智夫人のゆるしをえたうえ、ポーチのところへ出たのですが、壮二君はいきなり門の外へかけだして行ったかと思うと、まもなく、十人の探偵団員を引きつれて、門内へひきかえしてきました。
 見ると、小学校上級生ぐらいの、健康で快活な少年たちでした。
 小林君は、壮二君の紹介で、ポーチの上から、みんなにあいさつしました。そして、明智探偵捜査の手段について、こまごまとさしずをあたえました。
 むろん一同大賛成です。
「小林団長ばんざーい。」
 もうすっかり、団長に祭りあげてしまって、うれしさのあまり、そんなことをさけぶ少年さえありました。
「じゃ、これから出発しましょう。」
 そして、一同は少年団のように、足なみそろえて、明智邸の門外へ消えていくのでした。

   
この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。