江戸川乱歩全集

怪人二十面相

 江戸川乱歩著 出版:1936年

怪人二十面相は、1936年から連載された「少年探偵シリーズ」の第一作。

東京の至る所に現れ、宝石や美術品を盗む怪人二十面相。怪人二十面相には、必ず前もって予告状を送る奇妙な癖がった。怪人二十面相と明智小五郎、そしてその助手である小林少年と少年探偵団の活躍を描く第一作。


28.午後四時


1.はしがき
2.鉄のわな
3.人か魔か
4.魔法使い
5.池の中
6.樹上の怪人
7.壮二君のゆくえ
8.少年探偵
9.仏像の奇跡
10.おとしあな
11.七つ道具
12.伝書バト
13.奇妙な取りひき
14.小林少年の勝利
15.おそろしき挑戦状
16.美術城
17.名探偵明智小五郎
18.不安の一夜
19.悪魔の知恵
20.巨人と怪人
21.トランクとエレベーター
22.二十面相の逮捕
23.「わしがほんものじゃ」
24.二十面相の新弟子
25.名探偵の危急
26.怪盗の巣くつ
27.少年探偵団
28.午後四時
29.名探偵の狼藉
30.種明し
31.怪盗捕縛

28.午後四時

少年探偵団のけなげな捜索は、日曜、月曜、火曜、水曜と、学校の余暇を利用して、忍耐強くつづけられましたが、いつまでたっても、これという手がかりはつかめませんでした。
 しかし、東京中の何千人というおとなのおまわりさんにさえ、どうすることもできないほどの難事件です。手がかりがえられなかったといって、けっして、少年捜索隊の無能のせいではありません。それに、これらの勇ましい少年たちは、後日、またどのような手がらをたてないものでもないのです。
 明智探偵ゆくえ不明のまま、おそろしい十二月十日は、一日一日とせまってきました。警視庁の人たちは、もういてもたってもいられない気持です。なにしろ盗難を予告された品物が、国家の宝物というのですから、捜査課長や、ちょくせつ二十面相の事件に関係している中村係長などは、心配のためにやせほそる思いでした。
 ところが、問題の日の二日前、十二月八日には、またまた世間のさわぎを大きくするようなできごとがおこったのです。というのは、その日の東京毎日新聞の社会面に、二十面相からの投書が、れいれいしく掲載されたことでした。
 東京毎日新聞は、べつに賊の機関新聞というわけではありませんが、このさわぎの中心になっている二十面相その人からの投書とあっては、問題にしないわけにはいきません。ただちに、編集会議までひらいて、けっきょく、その全文をのせることにしたのです。
 それは長い文章でしたが、意味をかいつまんでしるしますと、

「わたしはかねて、博物館襲撃の日を十二月十日と予告しておいたが、もっと正確に約束するほうが、いっそう男らしいと感じたので、ここに東京都民諸君の前に、その時間を通告する。
 それは『十二月十日午後四時』である。
 博物館長も警視総監も、できるかぎりの警戒をしていただきたい。警戒がげんじゅうであればあるほど、わたしの冒険はそのかがやきをますであろう。」

 ああ、なんたることでしょう。日づけを予告するだけでも、おどろくべき大胆さですのに、そのうえ時間まではっきりと公表してしまったのです。そして、博物館長や警視総監に失礼せんばんな注意まであたえているのです。
 これを読んだ都民のおどろきは申すまでもありません。今までは、そんなばかばかしいことがと、あざわらっていた人々も、もう笑えなくなりました。
 当時の博物館長は、史学界の大先輩、北小路文学博士でしたが、そのえらい老学者さえも、賊の予告を本気にしないではいられなくなって、わざわざ警視庁に出向き、警戒方法について、警視総監といろいろ打ちあわせをしました。
 いや、そればかりではありません。二十面相のことは、国務大臣方の閣議の話題にさえ、のぼりました。中でも総理大臣や法務大臣などは、心配のあまり、警視総監を別室にまねいて、激励のことばをあたえたほどです。
 そして、全都民の不安のうちに、むなしく日がたって、とうとう十二月十日となりました。
 国立博物館では、その日は早朝から、館長の北小路老博士をはじめとして、三人の係長、十人の書記、十六人の守衛や小使いが、ひとり残らず出勤して、それぞれ警戒の部署につきました。
 むろん当日は、表門をとじて、観覧禁止です。
 警視庁からは、中村捜査係長のひきいる選りすぐった警官隊五十人が出張して、博物館の表門、裏門、塀のまわり、館内の要所要所にがんばって、アリのはいいるすきまもない大警戒陣です。
 午後三時半、あますところわずかに三十分、警戒陣はものものしく殺気だってきました。
 そこへ警視庁の大型自動車が到着して、警視総監が、刑事部長をしたがえてあらわれました。総監は、心配のあまり、もうじっとしていられなくなったのです。総監自身の目で、博物館を見守っていなければ、がまんができなくなったのです。
 総監たちは一同の警戒ぶりを視察したうえ、館長室に通って北小路博士に面会しました。
「わざわざ、あなたがお出かけくださるとは思いませんでした。恐縮です。」
 老博士があいさつしますと、総監は、少しきまりわるそうに笑ってみせました。
「いや、おはずかしいことですが、じっとしていられませんでね。たかが一盗賊のために、これほどのさわぎをしなければならないとは、じつに恥辱です。わしは警視庁にはいって以来、こんなひどい恥辱を受けたことははじめてです。」
「アハハ……。」老博士は力なく笑って、「わたしも同様です。あの青二才の盗賊のために、一週間というもの、不眠症にかかっておるのですからな。」
「しかし、もうあますところ二十分ほどですよ。え、北小路さん、まさか二十分のあいだに、このげんじゅうな警戒をやぶって、たくさんの美術品をぬすみだすなんて、いくら魔法使いでも、少しむずかしい芸当じゃありますまいか。」
「わかりません。わしには魔法使いのことはわかりません。ただ一刻も早く四時がすぎさってくれればよいと思うばかりです。」
 老博士は、おこったような口調でいいました。あまりのことに、二十面相の話をするのも腹だたしいのでしょう。
 室内の三人は、それきりだまりこんで、ただ壁の時計とにらめっこするばかりでした。
 金モールいかめしい制服につつまれた、相撲とりのようにりっぱな体格の警視総監、中肉中背で、八字ひげの美しい刑事部長、背広姿でツルのようにやせた白髪白髯の北小路博士、その三人がそれぞれ安楽イスにこしかけて、チラチラと、時計の針をながめているようすは、ものものしいというよりは、何かしら奇妙な、場所にそぐわぬ光景でした。そうして十数分が経過したとき、沈黙にたえかねた刑事部長が、とつぜん口を切りました。
「ああ、明智君は、いったいどうしているんでしょうね。わたしは、あの男とは懇意にしていたんですが、どうもふしぎですよ。今までの経験から考えても、こんな失策をやる男ではないのですがね。」
 そのことばに、総監は太ったからだをねじまげるようにして、部下の顔を見ました。
「きみたちは、明智明智と、まるであの男を崇拝でもしているようなことをいうが、ぼくは不賛成だね。いくらえらいといっても、たかが一民間探偵じゃないか。どれほどのことができるものか。ひとりの力で二十面相をとらえてみせるなどといっていたそうだが、広言がすぎるよ。こんどの失敗は、あの男にはよい薬じゃろう。」
「ですが、明智君のこれまでの功績を考えますと、いちがいにそうもいいきれないのです。今も外で中村君と話したことですが、こんなさい、あの男がいてくれたらと思いますよ。」
 刑事部長のことばが終わるか終わらぬときでした。館長室のドアがしずかにひらかれて、ひとりの人物があらわれました。
「明智はここにおります。」
 その人物がにこにこ笑いながら、よく通る声でいったのです。
「おお、明智君!」
 刑事部長がイスからとびあがってさけびました。
 それは、かっこうのよい黒の背広をピッタリと身につけ、頭の毛をモジャモジャにした、いつにかわらぬ明智小五郎その人でした。
「明智君、きみはどうして……。」
「それはあとでお話します。今は、もっとたいせつなことがあるのです。」
「むろん、美術品の盗難はふせがなくてはならんが。」
「いや、それはもうおそいのです。ごらんなさい。約束の時間は過ぎました。」
 明智のことばに、館長も、総監も、刑事部長もいっせいに壁の電気時計を見あげました。いかにも、長針はもう十二時のところをすぎているのです。
「おやおや、すると二十面相は、うそをついたわけかな。館内には、べつに異状もないようだが……。」
「ああ、そうです。約束の四時はすぎたのです。あいつ、やっぱり手出しができなかったのです。」
 刑事部長が凱歌をあげるようにさけびました。
「いや、賊は約束を守りました。この博物館は、もうからっぽも同様です。」
 明智が、おもおもしい口調でいいました。

   
この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。