江戸川乱歩全集

怪人二十面相

 江戸川乱歩著 出版:1936年

怪人二十面相は、1936年から連載された「少年探偵シリーズ」の第一作。

東京の至る所に現れ、宝石や美術品を盗む怪人二十面相。怪人二十面相には、必ず前もって予告状を送る奇妙な癖がった。怪人二十面相と明智小五郎、そしてその助手である小林少年と少年探偵団の活躍を描く第一作。


30.種明し


1.はしがき
2.鉄のわな
3.人か魔か
4.魔法使い
5.池の中
6.樹上の怪人
7.壮二君のゆくえ
8.少年探偵
9.仏像の奇跡
10.おとしあな
11.七つ道具
12.伝書バト
13.奇妙な取りひき
14.小林少年の勝利
15.おそろしき挑戦状
16.美術城
17.名探偵明智小五郎
18.不安の一夜
19.悪魔の知恵
20.巨人と怪人
21.トランクとエレベーター
22.二十面相の逮捕
23.「わしがほんものじゃ」
24.二十面相の新弟子
25.名探偵の危急
26.怪盗の巣くつ
27.少年探偵団
28.午後四時
29.名探偵の狼藉
30.種明し
31.怪盗捕縛

30.種明し

「ですが、わたしどもには、どうもわけがわからないのです。あれだけの美術品を、たった一日のあいだに、にせものとすりかえるなんて、人間わざでできることではありません。まあ、にせもののほうは、まえまえから、美術学生かなんかに化けて観覧に来て、絵図を書いていけば、模造できないことはありませんけれど、それをどうして入れかえたかが問題です。まったくわけがわかりません。」
 館員は、まるでむずかしい数学の問題にでもぶっつかったようにしきりに小首をかたむけています。
「きのうの夕方までは、たしかに、みんなほんものだったのだね。」
 総監がたずねますと、館員たちは、確信にみちたようすで、
「それはもう、けっしてまちがいございません。」と、口をそろえて答えるのです。
「すると、おそらくゆうべの夜中あたりに、どうかして二十面相一味のものが、ここへしのびこんだのかもしれんね。」
「いや、そんなことは、できるはずがございません。表門も裏門も塀のまわりも、大ぜいのおまわりさんが、徹夜で見はっていてくだすったのです。館内にも、ゆうべは館長さんと三人の宿直員が、ずっとつめきっていたのです。そのげんじゅうな見はりの中をくぐって、あのおびただしい美術品を、どうして持ちこんだり、運びだしたりできるものですか。まったく人間わざではできないことです。」
 館員は、あくまでいいました。
「わからん、じつにふしぎだ……。しかし、二十面相のやつ、広言したほど男らしくもなかったですね。あらかじめ、にせものとおきかえておいて、さあ、このとおりぬすみましたというのじゃ、十日の午後四時なんて予告は、まったく無意味ですからね。」
 刑事部長は、くやしまぎれに、そんなことでも言ってみないではいられませんでした。
「ところが、けっして無意味ではなかったのです。」
 明智小五郎が、まるで二十面相を弁護でもするようにいいました。彼は老館長北小路博士と、さも仲よしのように、ずっと、さいぜんから手をにぎりあったままなのです。
「ホウ、無意味でなかったって? それはいったい、どういうことなんだね。」
 警視総監が、ふしぎそうに名探偵の顔を見て、たずねました。
「あれをごらんください。」
 すると明智は窓に近づいて、博物館の裏手のあき地を指さしました。
「ぼくが十二月十日ごろまで、待たなければならなかった秘密というのは、あれなのです。」
 そのあき地には、博物館創立当時からの、古い日本建ての館員宿直室が建っていたのですが、それが不用になって、数日前から、家屋のとりこわしをはじめ、もうほとんど、とりこわしも終わって、古材木や、屋根がわらなどが、あっちこっちにつみあげてあるのです。
「古家をとりこわしたんだね。しかし、あれと二十面相の事件と、いったい、なんの関係があるんです。」
 刑事部長は、びっくりしたように明智を見ました。
「どんな関係があるか、じきわかりますよ……。どなたか、お手数ですが、中にいる中村警部に、きょう昼ごろ裏門の番をしていた警官をつれて、いそいでここへ来てくれるように、お伝えくださいませんか。」
 明智のさしずに、館員のひとりが、何かわけがわからぬながら、大急ぎで階下へおりていきましたが、まもなく中村捜査係長とひとりの警官をともなって帰ってきました。
「きみが、昼ごろ裏門のところにいた方ですか。」
 明智がさっそくたずねますと、警官は総監の前だものですから、ひどくあらたまって、直立不動の姿勢で、「そうです。」と答えました。
「では、きょう正午から一時ごろまでのあいだに、トラックが一台、裏門を出ていくのを見たでしょう。」
「はあ、おたずねになっているのは、あのとりこわし家屋の古材木をつんだトラックのことではありませんか。」
「そうです。」
「それならば、たしかに通りました。」
 警官は、あの古材木がどうしたんです、といわぬばかりの顔つきです。
「みなさんおわかりになりましたか。これが賊の魔法の種です。うわべは古材木ばかりのように見えていて、そのじつ、あのトラックには、盗難の美術品がぜんぶつみこんであったのですよ。」
 明智は一同を見まわして、おどろくべき種明しをしました。
「すると、とりこわしの人夫の中に賊の手下がまじっていたというのですか。」
 中村係長は、目をパチパチさせて聞きかえしました。
「そうです。まじっていたのではなくて、人夫ぜんぶが賊の手下だったのかもしれません。二十面相は早くから万端の準備をととのえて、この絶好の機会を待っていたのです。家屋のとりこわしは、たしか十二月五日からはじまったのでしたね。その着手期日は、三月も四月もまえから、関係者にはわかっていたはずです。そうすれば、十日ごろはちょうど古材木運びだしの日にあたるじゃありませんか。予告の十二月十日という日づけは、こういうところから割りだされたのです。また午後四時というのは、ほんものの美術品がちゃんと賊の巣くつに運ばれてしまって、もうにせものがわかってもさしつかえないという時間を意味したのです。」
 ああ、なんという用意周到な計画だったでしょう。二十面相の魔術には、いつのときも、一般の人の思いもおよばないしかけが、ちゃんと用意してあるのです。
「しかし明智君、たとえ、そんな方法で運びだすことはできたとしても、まだ賊が、どうして陳列室へはいったか、いつのまに、ほんものとにせものとおきかえたかというなぞは、解けませんね。」
 刑事部長が明智のことばを信じかねるようにいうのです。
「おきかえは、きのうの夜ふけにやりました。」
 明智は、何もかも知りぬいているような口調で語りつづけます。
「賊の部下が化けた人夫たちは、毎日ここへ仕事へ来るときに、にせものの美術品を少しずつ運びいれました。絵は細く巻いて、仏像は分解して手、足、首、胴とべつべつにむしろ包みにして、大工道具といっしょに持ちこめば、うたがわれる気づかいはありません。みな、ぬすみだされることばかり警戒しているのですから、持ちこむものに注意なんかしませんからね。そして、贋造品はぜんぶ、古材木の山におおいかくされて、ゆうべの夜ふけを待っていたのです。」
「だが、それをだれが陳列室へおきかえたのです。人夫たちは、みな夕方帰ってしまうじゃありませんか。たとえそのうち何人かが、こっそり構内にのこっていたとしても、どうして陳列室へはいることができます。夜はすっかり出入り口がとざされてしまうのです。館内には、館長さんや三人の宿直員が、一睡もしないで見はっていました。その人たちに知れぬように、あのたくさんの品物をおきかえるなんて、まったく不可能じゃありませんか。」
 館員のひとりが、じつにもっともな質問をしました。
「それにはまた、じつに大胆不敵な手段が、用意してあったのです。ゆうべの三人の宿直員というのは、けさ、それぞれ自宅へ帰ったのでしょう。ひとつその三人の自宅へ電話をかけて、主人が帰ったかどうか、たしかめてみてください。」
 明智がまたしてもみょうなことをいいだしました。三人の宿直員は、だれも電話をもっていませんでしたが、それぞれ付近の商家に呼びだし電話が通じますので、館員のひとりがさっそく電話をかけてみますと、三人が三人とも、ゆうべ以来まだ自宅へ帰っていないことがわかりました。宿直員たちの家庭では、こんな事件のさいですから、きょうも、とめおかれているのだろうと、安心していたというのです。
「三人が博物館を出てからもう八―九時間もたつのに、そろいもそろって、まだ帰宅していないというのは、少しおかしいじゃありませんか。ゆうべ徹夜をした、つかれたからだで、まさか遊びまわっているわけではありますまい。なぜ三人が帰らなかったのか、この意味がおわかりですか。」
 明智は、また一同の顔をグルッと見まわしておいて、ことばをつづけました。
「ほかでもありません。三人は、二十面相一味のために誘かいされたのです。」
「え、誘かいされた? それはいつのことです。」
 館員がさけびました。
「きのうの夕方、三人がそれぞれ夜勤をつとめるために、自宅を出たところをです。」
「え、え、きのうの夕方ですって? じゃあ、ゆうべここにいた三人は……。」
「二十面相の部下でした。ほんとうの宿直員は賊の巣くつへおしこめておいて、そのかわりに賊の部下が博物館の宿直をつとめたのです。なんてわけのない話でしょう。賊が見はり番をつとめたんですから、にせものの美術品のおきかえなんて、じつに造作もないことだったのです。
 みなさん、これが二十面相のやり口ですよ。人間わざではできそうもないことを、ちょっとした頭のはたらきで、やすやすとやってのけるのです。」
 明智探偵は、二十面相の頭のよさをほめあげるようにいって、ずっと手をつないでいた館長北小路老博士の手首を痛いほど、ギュッとにぎりしめました。
「ウーン、あれが賊の手下だったのか。うかつじゃった。わしがうかつじゃった。」
 老博士は白髯をふるわせて、さもくやしそうにうめきました。両眼がつりあがって、顔がまっさおになって、見るも恐ろしい憤怒の形相です。しかし、老博士は、三人のにせ者をどうして見やぶることができなかったのでしょう。二十面相なら知らぬこと、手下の三人が、館長にもわからないほどじょうずに変装していたなんて、考えられないことです。北小路博士ともあろう人が、そんなにやすやすとだまされるなんて、少しおかしくはないでしょうか。

   
この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。