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怪人二十面相

 江戸川乱歩著 出版:1936年

怪人二十面相は、1936年から連載された「少年探偵シリーズ」の第一作。

東京の至る所に現れ、宝石や美術品を盗む怪人二十面相。怪人二十面相には、必ず前もって予告状を送る奇妙な癖がった。怪人二十面相と明智小五郎、そしてその助手である小林少年と少年探偵団の活躍を描く第一作。

10.おとしあな

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さすがの怪盗も、これには胆をつぶしました。相手が人間ならばいくらピストルを向けられてもおどろくような賊ではありませんが、古い古い鎌倉時代の観音さまが、いきなり動きだしたのですから、びっくりしないではいられません。
 びっくりしたというよりも、ゾーッと心の底からおそろしさがこみあげてきたのです。こわい夢をみているような、あるいはお化けにでも出くわしたような、なんともえたいのしれぬ恐怖です。
 大胆不敵の二十面相が、かわいそうに、まっさおになって、たじたじとあとじさりをして、ごめんなさいというように、ろうそくを床において、両手を高くあげてしまいました。
 すると、またしても、じつにおそろしいことがおこったのです。観音さまが、れんげの台座からおりて、床の上に、ヌッと立ちあがったではありませんか。そして、じっとピストルのねらいをさだめながら、一歩、二歩、三歩、賊のほうへ近づいてくるのです。
「き、きさま、いったい、な、何者だっ。」
 二十面相は、追いつめられたけもののような、うめき声をたてました。
「わしか、わしは羽柴家のダイヤモンドをとりかえしに来たのだ。たった今、あれをわたせば、一命を助けてやる。」
 おどろいたことには、仏像がものをいったのです。おもおもしい声で命令したのです。
「ハハア、きさま、羽柴家のまわしものだな。仏像に変装して、おれのかくれがをつきとめに来たんだな。」
 相手が人間らしいことがわかると、賊は少し元気づいてきました。でも、えたいのしれぬ恐怖が、まったくなくなったわけではありません。というのは、人間が変装したのにしては、仏像があまり小さすぎたからです。立ちあがったところを見ると、十二―三の子どもの背たけしかありません。その一寸法師みたいなやつが、落ちつきはらって、老人のようなおもおもしい声でものをいっているのですから、じつになんとも形容のできないきみ悪さです。
「で、ダイヤモンドをわたさぬといったら?」
 賊はおそるおそる、相手の気をひいてみるように、たずねました。
「おまえの命がなくなるばかりさ。このピストルはね、いつもおまえが使うような、おもちゃじゃないんだぜ。」
 観音さまは、このご隠居然とした白髪の老人が、そのじつ二十面相の変装姿であることを、ちゃんと知りぬいているようすでした。たぶん、さいぜんの手下の者との会話をもれ聞いて、それと、察したのでしょう。
「おもちゃでないというしょうこを、見せてあげようか。」
 そういったかと思うと、観音さまの右手がヒョイと動きました。
 と同時に、ハッととびあがるようなおそろしい物音。部屋のいっぽうの窓ガラスがガラガラとくだけ落ちました。ピストルからは、実弾がとびだしたのです。
 一寸法師の観音さまは、めちゃめちゃにとびちるガラスの破片を、チラと見やったまま、すばやくピストルのねらいをもとにもどし、インド人みたいなまっ黒な顔で、うすきみ悪くニヤニヤと笑いました。
 見ると賊の胸につきつけられたピストルの筒口からは、まだうす青い煙がたちのぼっています。
 二十面相は、この黒い顔をした小さな怪人物の肝ったまが、おそろしくなってしまいました。
 こんなめちゃくちゃならんぼう者は、何をしだすかしれたものではない。ほんとうにピストルでうちころす気かもしれぬ。たといその弾丸はうまくのがれたとしても、このうえあんな大きな物音をたてられては、付近の住民にあやしまれて、どんなことになるかもしれぬ。
「しかたがない。ダイヤモンドはかえしてやろう。」
 賊はあきらめたようにいいすてて、部屋のすみの大きな机の前へ行き、机の足をくりぬいたかくし引きだしから、六個の宝石をとりだすと、てのひらにのせて、カチャカチャいわせながらもどってきました。
 ダイヤモンドは、賊の手の中でおどるたびごとに、床のろうそくの光をうけて、ギラギラと虹のようにかがやいています。
「さあ、これだ。よくしらべて受けとりたまえ。」
 一寸法師の観音さまは、左手をのばして、それを受けとると、老人のようなしわがれ声で、笑いました。
「ハハハ……、感心、感心、さすがの二十面相も、やっぱり命はおしいとみえるね。」
「ウム、ざんねんながら、かぶとをぬいだよ。」
 賊は、くやしそうにくちびるをかみながら、
「ところで、いったいきみは何者だね。この二十面相をこんなめにあわせるやつがあろうとは、おれも意外だったよ。後学のために名まえを教えてくれないか。」
「ハハハ……、おほめにあずかって、光栄のいたりだね。名まえかい。それはきみが牢屋へはいってからのおたのしみに残しておこう。おまわりさんが教えてくれることだろうよ。」
 観音さまは、勝ちほこったようにいいながら、やっぱり、ピストルをかまえたまま、部屋の出口のほうへ、ジリジリとあとじさりをはじめました。
 賊の巣くつはつきとめたし、ダイヤモンドはとりもどしたし、あとはぶじにこのあばらやを出て、付近の警察へかけこみさえすればよいのです。
 この観音さまに変装した人物が何者であるかは、読者諸君、とっくにご承知でしょう。小林少年は怪盗二十面相を向こうにまわして、みごとな勝利をおさめたのです。そのうれしさは、どれほどでしたろう。どんなおとなもおよばぬ大手がらです。
 ところが、彼が今、二―三歩で部屋を出ようとしていたとき、とつぜん、異様な笑い声がひびきわたりました。見ると、老人姿の二十面相が、おかしくてたまらぬというように、大口あいて笑っているのです。
 ああ、読者諸君、まだ安心はできません。名にしおう怪盗のことです。負けたとみせて、そのじつ、どんな最後の切り札を残していないともかぎりません。
「おやっ、きさま、何がおかしいんだ。」
 観音さまに化けた少年は、ギョッとしたように立ちどまって、ゆだんなく身がまえました。
「いや、しっけい、しっけい、きみがおとなのことばなんか使って、あんまりこまっちゃくれているもんだから、つい吹きだしてしまったんだよ。」
 賊はやっと笑いやんで、答えるのでした。
「というのはね。おれはとうとう、きみの正体を見やぶってしまったからさ。この二十面相の裏をかいて、これほどの芸当のできるやつは、そうたんとはないからね。じつをいうと、おれはまっ先に明智小五郎を思いだした。
 だが、そんなちっぽけな明智小五郎なんてありゃしないね。きみは子どもだ。明智流のやり方を会得した子どもといえば、ほかにはない。明智の少年助手の小林芳雄とかいったっけな。ハハハ……、どうだ、あたったろう。」
 観音像に変装した小林少年は、賊の明察に、内心ギョッとしないではいられませんでした。しかし、よく考えてみれば、目的をはたしてしまった今、相手に名まえをさとられたところで、少しもおどろくことはないのです。
「名まえなんかどうだっていいが、お察しのとおりぼくは子どもにちがいないよ。だが、二十面相ともあろうものが、ぼくみたいな子どもにやっつけられたとあっては、少し名折れだねえ。ハハハ……。」
 小林少年は負けないで応しゅうしました。
「坊や、かわいいねえ……。きさま、それで、この二十面相に勝ったつもりでいるのか。」
「負けおしみは、よしたまえ。せっかくぬすみだした仏像は生きて動きだすし、ダイヤモンドはとりかえされるし、それでもまだ負けないっていうのかい。」
「そうだよ。おれはけっして負けないよ。」
「で、どうしようっていうんだ!」
「こうしようというのさ!」
 その声と同時に、小林少年は足の下の床板が、とつぜん消えてしまったように感じました。
 ハッとからだが宙にういたかと思うと、そのつぎのしゅんかんには、目の前に火花が散って、からだのどこかが、おそろしい力でたたきつけられたような、はげしい痛みを感じたのです。
 ああ、なんという不覚でしょう。ちょうどそのとき、彼が立っていた部分の床板が、おとしあなのしかけになっていて、賊の指がソッと壁のかくしボタンをおすと同時に、とめ金がはずれ、そこにまっくらな四角い地獄の口があいたのでした。
 痛みにたえかねて、身動きもできず、暗やみの底にうつぶしている小林少年の耳に、はるか上のほうから、二十面相のこきみよげな嘲笑がひびいてきました。
「ハハハ……、おい坊や、さぞ痛かっただろう。気のどくだねえ。まあ、そこでゆっくり考えてみるがいい。きみの敵がどれほどの力を持っているかということをね。ハハハ……、この二十面相をやっつけるのには、きみはちっと年が若すぎたよ。ハハハ……。」

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  • 1.はしがき

    0 そのころ、東京中の町という町、家という家では、ふたり以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました。「二十面相」というのは、毎日毎日、新聞記事をにぎわして…


  • 2.鉄のわな

    0 麻布の、とあるやしき町に、百メートル四方もあるような大邸宅があります。 四メートルぐらいもありそうな、高い高いコンクリート塀が、ズーッと、目もはるかにつづいています。いかめしい鉄のとびらの門をはいると、大きなソテツが…


  • 3.人か魔か

    0 その午後には、羽柴一家総動員をして、帰朝の壮一君を、羽田空港に出むかえました。 飛行機からおりたった壮一君は、予期にたがわず、じつにさっそうたる姿でした。こげ茶色の薄がいとうを小わきにして、同じ色のダブル・ボタンの背…


  • 4.魔法使い

    0 しばらくのあいだ、ふたりともだまりこくって、青ざめた顔を、見あわせるばかりでしたが、やっと壮太郎氏は、さもいまいましそうに、「ふしぎだ。」と、つぶやきました。「ふしぎですね。」 壮一君も、おうむがえしに同じことをつぶ…


  • 5.池の中

    0 賊がピストルを投げだして、外へとびおりたのを見ると、壮太郎氏はすぐさま、窓のところへかけつけ、暗い庭を見おろしました。 暗いといっても、庭には、ところどころに、公園の常夜燈のような、電燈がついているので、人の姿が見え…


  • 6.樹上の怪人

    0 それから、池の岸で、どんなことがおこったかは、しばらく読者諸君のご想像にまかせます。 五―六分ののちには、以前の松野運転手が、なにごともなかったように、同じ池の岸に立っておりました。少し息づかいがはげしいようです。そ…


  • 7.壮二君のゆくえ

    0 松野の語ったところによりますと、けっきょく、賊は、つぎのようなとっぴな手段によって、まんまと追っ手の目をくらまし、大ぜいの見ている中をやすやすと逃げさったことがわかりました。 人々に追いまわされている間に、賊は庭の池…


  • 8.少年探偵

    0 青年運転手を帰すと、ただちに、主人の壮太郎氏夫妻、近藤老人、それに、学校の用務員さんに送られて、車をとばして帰ってきた早苗さんもくわわって、奥まった部屋に、善後処置の相談がひらかれました。もうぐずぐずしてはいられない…


  • 9.仏像の奇跡

    0 さて、お話はとんで、その夜のできごとにうつります。 午後十時、約束をたがえず、二十面相の部下の三人のあらくれ男が、あけはなったままの、羽柴家の門をくぐりました。 盗人たちは、玄関に立っている秘書などをしりめに、「お約…


  • 10.おとしあな

    0 さすがの怪盗も、これには胆をつぶしました。相手が人間ならばいくらピストルを向けられてもおどろくような賊ではありませんが、古い古い鎌倉時代の観音さまが、いきなり動きだしたのですから、びっくりしないではいられません。 び…


  • 11.七つ道具

    0 小林少年はほとんど二十分ほどのあいだ、地底の暗やみの中で、ついらくしたままの姿勢で、じっとしていました。ひどく腰を打ったものですから、痛さに身動きする気にもなれなかったのです。 そのまに、天井では、二十面相がさんざん…


  • 12.伝書バト

    0 小林少年はふと目をさますと、部屋のようすが、いつもの探偵事務所の寝室とちがっているので、びっくりしましたが、たちまちゆうべのできごとを思いだしました。「ああ、地下室に監禁されていたんだっけ。でも、地下室にしちゃあ、へ…


  • 13.奇妙な取りひき

    0 「少年探偵さん、どうだったね、ゆうべの寝ごこちは。ハハハ……、おや、窓になんだか黒いひもがぶらさがっているじゃないか。ははあ、用意のなわばしごというやつだね。感心、感心、きみは、じつに考えぶかい子どもだねえ。だが、そ…


  • 14.小林少年の勝利

    0 二十面相は、おとし戸のところにしゃがんだまま、今、とりあげたばかりのピストルを、手のひらの上でピョイピョイとはずませながら、とくいの絶頂でした。そして、なおも小林少年をからかってたのしもうと、何かいいかけたときでした…


  • 15.おそろしき挑戦状

    0 戸山ヶ原の廃屋の捕り物があってから二時間ほどのち、警視庁の陰気な調べ室で、怪盗二十面相の取り調べがおこなわれました。なんの飾りもない、うす暗い部屋に机が一脚、そこに中村捜査係長と老人に変装したままの怪盗と、ふたりきり…


  • 16.美術城

    0 伊豆半島の修善寺温泉から四キロほど南、下田街道にそった山の中に、谷口村というごくさびしい村があります。その村はずれの森の中に、みょうなお城のようないかめしいやしきが建っているのです。 まわりには高い土塀をきずき、土塀…


  • 17.名探偵明智小五郎

    0 ネズミ色のトンビに身をつつんだ、小がらの左門老人が、長い坂道をチョコチョコと走らんばかりにして、富士屋旅館についたのは、もう午後一時ごろでした。「明智小五郎先生は?」とたずねますと、裏の谷川へ魚釣りに出かけられました…


  • 18.不安の一夜

    0  日下部左門老人が、修善寺でやとった自動車をとばして、谷口村の「お城」へ帰ってから、三十分ほどして、明智小五郎の一行が到着しました。 一行は、ピッタリと身にあう黒の洋服に着かえた明智探偵のほかに、背広服のくっきょうな…


  • 19.悪魔の知恵

    0 ああ、またしてもありえないことがおこったのです。二十面相というやつは、人間ではなくて、えたいのしれないお化けです。まったく不可能なことを、こんなにやすやすとやってのけるのですからね。 明智はツカツカと部屋の中へはいっ…


  • 20.巨人と怪人

    0 美術城の事件があってから半月ほどたった、ある日の午後、東京駅のプラットホームの人ごみの中に、ひとりのかわいらしい少年の姿が見えました。ほかならぬ小林芳雄君です。読者諸君にはおなじみの明智探偵の少年助手です。 小林君は…


  • 21.トランクとエレベーター

    0 名探偵は、プラットホームで賊をとらえようと思えば、なんのわけもなかったのです。どうして、この好機会を見のがしてしまったのでしょう。読者諸君は、くやしく思っているかもしれませんね。 しかし、これは名探偵の自信がどれほど…


  • 22.二十面相の逮捕

    0 「あ、明智さん、今、あなたをおたずねするところでした。あいつは、どこにいますか。」 明智探偵は、鉄道ホテルから五十メートルも歩いたか歩かぬかに、とつぜん呼びとめられて、立ちどまらなければなりませんでした。「ああ、今西…


  • 23.「わしがほんものじゃ」

    0 「この人でした。この人にちがいありません。」 小林君は、キッパリと答えました。「ハハハ……、どうだね、きみ、子どもの眼力にかかっちゃかなわんだろう。きみが、なんといいのがれようとしたって、もうだめだ。きみは二十面相に…


  • 24.二十面相の新弟子

    0 明智小五郎の住宅は、港区竜土町の閑静なやしき町にありました。名探偵は、まだ若くて美しい文代夫人と、助手の小林少年と、お手伝いさんひとりの、質素な暮らしをしているのでした。 明智探偵が、外務省からある友人の宅へたちよっ…


  • 25.名探偵の危急

    0 「ええ、なんだって、あの野郎をひっさらうんだって、そいつあおもしれえ。ねがってもないことだ。手つだわせてくんねえ。ぜひ手つだわせてくんねえ。で、それはいったい、いつのことなんだ。」 赤井寅三は、もうむちゅうになってた…


  • 26.怪盗の巣くつ

    0 賊の手下の美しい婦人と、乞食と、赤井寅三と、気をうしなった明智小五郎とを乗せた自動車は、さびしい町さびしい町とえらびながら、走りに走って、やがて、代々木の明治神宮を通りすぎ、暗い雑木林の中にポツンと建っている、一軒の…


  • 27.少年探偵団

    0 翌朝になっても明智探偵が帰宅しないものですから、るす宅は大さわぎになりました。 探偵が同伴して出かけた、事件依頼者の婦人の住所がひかえてありましたので、そこをしらべますと、そんな婦人なんか住んでいないことがわかりまし…


  • 28.午後四時

    0 少年探偵団のけなげな捜索は、日曜、月曜、火曜、水曜と、学校の余暇を利用して、忍耐強くつづけられましたが、いつまでたっても、これという手がかりはつかめませんでした。 しかし、東京中の何千人というおとなのおまわりさんにさ…


  • 29.名探偵の狼藉

    0 「え、え、きみは何をいっているんだ。何もぬすまれてなんかいやしないじゃないか。ぼくは、つい今しがた、この目で陳列室をずっと見まわってきたばかりなんだぜ。それに、博物館のまわりには、五十人の警官が配置してあるんだ。ぼく…


  • 30.種明し

    0 「ですが、わたしどもには、どうもわけがわからないのです。あれだけの美術品を、たった一日のあいだに、にせものとすりかえるなんて、人間わざでできることではありません。まあ、にせもののほうは、まえまえから、美術学生かなんか…


  • 31.怪盗捕縛

    0 「だが、明智君。」 警視総監は、説明が終わるのを待ちかまえていたように、明智探偵にたずねました。「きみはまるで、きみ自身が二十面相ででもあるように、美術品盗奪の順序をくわしく説明されたが、それはみんな、きみの想像なの…


この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。