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少年探偵団

 江戸川乱歩著 出版:1937年

東京に現れた「黒い魔物」により次々と少女が誘拐されていく。少年探偵団と明智先生によって犯人を追いかけるのだが。。

江戸川乱歩の代表作。

10.消えるインド人

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ちょうどそのころ、篠崎始君や、相撲選手の桂正一君や、羽柴壮二君などで組織された、七人の少年捜索隊は、早くもインド人の逃走した道すじを、発見していました。

 それは小林君が、インド人に、かどわかされる道々、自動車の上から落としていった、少年探偵団のバッジが目じるしとなったのです。七人の捜索隊員は、夜道に落ち散っている銀色のバッジをさがしながら、いつしか例のあやしげな洋館の門前まで、たどりついていました。

「おい、この家があやしいぜ。ごらん、門のなかにも、バッジが落ちているじゃないか。ほら、あすこにさ。」

 目ざとく、それを見つけた羽柴少年が、桂正一君にささやきました。

「ウン、ほんとだ。よし、しらべてみよう。みんな伏せるんだ。」

 桂君が手まねきをしながら、ささやき声で一同にさしずしますと、たちまち七人の少年の姿が消えてしまいました。イヤ、消えたといっても魔法を使ったわけではありません。号令いっか、みんながいっせいに、暗やみの地面の上に、腹ばいになって、伏せの形をとったのです。団員一同、一糸みだれぬ、みごとな統制ぶりです。

 そして、まるで黒いヘビがはうようにして、七人が洋館の門の中へはいり、地面をしらべてみますと、門から洋館のポーチまでの間に、五つのバッジが落ちているのを発見しました。

「おい、やっぱり、ここらしいぜ。」

「ウン、小林団長と緑ちゃんとは、この家のどっかにとじこめられているにちがいない。」

「早く助けださなけりゃ。」

 少年たちは伏せの姿勢のままで、口々にささやきかわしました。

 七人のうちで、いちばん身軽な羽柴少年は、ソッとポーチにはいあがって、ドアのすきまからのぞいてみましたが、中はまっくらで、人のけはいもありません。

「裏のほうへまわって、窓からのぞいてみよう。」

 羽柴君は、みんなにそうささやいておいて、建物の裏手のほうへはいっていきました。一同、そのあとにつづきます。

 裏手へまわってみますと、案のじょう、二階の一室に電燈がついていて、窓が明るく光っています。しかし、二階ではのぞくことができません。

「なわばしごをかけようか。」

 ひとりの少年が、ポケットをさぐりながら、ささやきました。少年探偵団の七つ道具の中には、絹ひもで作った手軽ななわばしごがあるのです。まるめてしまえばひとにぎりほどに小さくなってしまうのです。

「いや、なわばしごを投げて、音がするといけない。それよりも肩車にしよう。さあ、ぼくの上へ、じゅんに乗りたまえ。羽柴君は軽いからいちばん上だよ。」

 桂正一少年は、そういったかと思うと、洋館の壁に両手をついて、ウンと足をふんばりました。よくふとった相撲選手の桂君は、肩車の踏み台にはもってこいです。つぎには、中くらいの体格の一少年が、桂君の背中によじのぼって、その肩の上に足をかけ、壁に手をついて身がまえますと、こんどは身軽な羽柴君が、サルのようにふたりの肩をのぼり、二番めの少年の肩へ両足をかけました。

 ころをはかって、今まで、背をかがめていた桂君と二番めの少年とが、グッとからだをのばしました。すると、いちばん上の羽柴君の顔が、ちょうど二階の窓の下のすみにとどくのです。

 まるで軽業のような芸当ですが、探偵団員たちは、日ごろから、いざというときの用意に、こういうことまで練習しておいたのです。

 羽柴君は、窓わくに手をかけて、ソッと部屋の中をのぞきました。窓にはカーテンがさがっていましたけれど、大きなすきまができていて、部屋のようすは手にとるようにながめられました。

 そこには、いったい何があったのでしょう。かねて予期しなかったのではありませんが、部屋の中のふしぎな光景に羽柴君はあやうく、アッと声をたてるところでした。

 部屋のまんなかに、ふたりのおそろしい顔をしたインド人がすわっていました。墨のように黒い皮膚の色、ぶきみに白く光る目、厚ぼったいまっ赤なくちびる、服装も写真で見るインド人そのままで、頭にはターバンというのでしょう、白い布をグルグルと帽子のように巻いて、着物といえば、大きなふろしきみたいな白い布を肩からさげているのです。

 インド人の前の壁には、なんだか魔物みたいなおそろしい仏像の絵がかかって、その前の台の上には大きな香炉が紫色の煙をはいています。

 ふたりのインド人は、すわったまま、壁の仏像に向かって、しきりと礼拝しているのです。ひょっとしたら、小林少年と緑ちゃんとを、魔法の力で祈り殺そうとしているのかもしれません。

 見ているうちに、背中がゾーッと寒くなってきました。これが東京のできごとなのかしら、もしや、おそろしい魔法の国へでも、まよいこんだのじゃないかしら。羽柴君はあまりのきみ悪さに、もう、のぞいている気がしませんでした。

 急いであいずをおくると、下のふたりにしゃがんでもらって、地面におり立ちました。そして、やみの中で顔をよせてくる六人の少年たちに、ささやき声で、室内のようすを報告しました。

「いよいよそうだ。あんなにバッジが落ちていたうえに、ふたりのインド人がいるとすれば、ここが、やつらの巣くつにきまっている。」

「じゃ、ぼくたちで、ここの家へふみこんで、インド人のやつをとらえようじゃないか。」

「いや、それよりも、小林団長と緑ちゃんを助けださなくっちゃ。」

「待ちたまえ、はやまってはいけない。」

 口々にささやく少年たちをおさえて、桂正一君が、おもおもしくいいました。

「いくら大ぜいでも、ぼくたちだけの力で、あの魔法使いみたいなインド人を、とらえることはできないよ。もし、しくじったらたいへんだからね。だからね、みんなぼくのさしずにしたがって、部署についてくれたまえ。」

 桂君はそういって、だれは表門、だれは裏門、だれとだれは庭のどこというように、建物をとりまいて、少年たちで見はりをつとめるようにさしずしました。

「もし、インド人がこっそり逃げだすのを見たら、すぐ、呼び子を吹くんだよ。いいかい。それからね、篠崎君、きみはランニングがとくいだから、伝令の役をつとめてくれないか。この近くの電話のあるところまで走っていってね、きみの家へ電話をかけるんだ。犯人の巣くつを発見しましたから、すぐ来てくださいってね。そのあいだ、ぼくらはここに見はりをしていて、けっしてやつらを逃がしやしないから。」

 団長がわりの桂君は、てきぱきと、ぬけめなく指令をあたえました。

 篠崎君が、「よしッ。」と答えて、やっぱり地面をはうようにしながら、立ちさるのを待って、残る六人は、それぞれの部署にわかれ、四ほうから洋館を監視することになりました。

 しかし、そんなことをしているあいだに、小林君がおぼれてしまうようなことはないでしょうか。水が地下室の天井までいっぱいになってしまうようなことはないでしょうか。ひょっとすると、まにあわないかもしれません。ああ、早く、早く。おまわりさんたち、早くかけつけてください。

 それから篠崎君のしらせによって、ちょうど篠崎家に居あわした、警視庁の中村捜査係長が、数名の部下をひきつれ、自動車をとばして、洋館にかけつけるまでに、およそ二十分の時間がすぎました。ああ、その待ちどおしかったこと。

 でも、少年捜索隊がさいしょバッジをひろってから、もうたっぷり一時間はたっています。つまり小林君が緑ちゃんをおぶって泳ぎだしてから、それだけの時がすぎさったのです。ああ、ふたりは、まだぶじでいるでしょうか。せっかくおまわりさんたちがかけつけたときには、もうおそかったのではないのでしょうか。

 警官たちが到着したのを知ると、桂少年は、やみの中からかけだしていって、中村係長に、「犯人はまだ建物の中にいるにちがいない。だれも逃げだしたものはなかった。」ということを報告しました。

 中村係長は、桂君たちの手がらをほめておいて、部下のふたりを建物の裏にまわし、自分は、ふたりの制服警官をしたがえて、ポーチにあがると、いきなり呼びりんのボタンをおすのでした。

 二度、三度、ボタンをおしていると、内部にパッと電燈がともり、人の足音がして、ドアのハンドルが動きました。

 ああ、さすがのインド人も、とうとう運のつきです。訪問者がおそろしい警官とも知らず、ノコノコ出むかえにやってくるとは。

 中村係長は、建物の中にいるのは、ふたりのインド人だけと聞いているものですから、ドアがひらかれると同時に、おどりこんで、犯人をひっとらえようと、捕縄をにぎりしめて待ちかまえていました。

 ところが、ドアがパッとひらいてそこに立っていたのは、意外にも、黒いインド人ではなくて、見るからにスマートな日本人の紳士でした。

 年のころは三十歳ぐらいでしょうか。ひきしまった色白の顔に、細くかりこんだ口ひげの美しい紳士が、折り目のついた、かっこうのいい背広服を着て、にこにこ笑いながらこちらを見ているのです。

「あなたは?」

 中村係長は、めんくらって、みょうなことをたずねました。

「ぼくは、ここの主人の春木というものですが、よくおいでくださいました。じつは、ぼくのほうからお電話でもしようかと考えていたところです。」

 ますます意外なことばです。さすがの警部もキツネにでもつままれたような顔をして、

「この家に、ふたりのインド人がいるはずですが……。」

 と、口ごもらないではいられませんでした。

「ああ、あなた方は、もう、インド人のことまでご承知なのですか。ぼくはあいつらが、こんな悪人とは知らないで、部屋を貸していたのですが……。」

「すると、ふたりのインド人は、おたくの間借り人だったのですか。」

「そうなんです。しかし、まあ、こちらへおはいりください。くわしいお話をいたしましょう。」

 紳士は、そういいながら、先に立って奥のほうへはいっていきますので、中村係長と、ふたりの警官とは、ふしんながらも、ともかくそのあとにしたがいました。

「ここです。ふたりともぶじに救うことができました。ぼくがもう一足おそかったら、かわいそうに命のないとこでした。」

 紳士は、またもや、わけのわからぬことをいって、とある部屋のドアをひらくと、警官たちをまねきいれるのでした。

 中村係長は紳士のあとについて、一歩、部屋の中にふみこんだかと思うと、意外の光景にハッとおどろかないではいられませんでした。

 ごらんなさい。部屋のすみのベッドの中には、かどわかされた緑ちゃんが、スヤスヤとねむっているではありませんか。その枕もとのイスには、小林少年がおとなのナイト・ガウンを着せられて、みょうなかっこうで、こしかけているではありませんか。

「これはいったい、どうしたというのです。」

 中村係長は、あっけにとられてさけびました。

「こういうわけですよ。」

 紳士は係長にイスをすすめて、事のしだいを語りはじめました。

「ぼくは今、雇い人のコックとふたりきりで、独身生活をしているのですが、きょうは朝から外出していて、つい今しがた帰ってみますと、家の中にだれもいないのです。二階の部屋を貸してあるインド人たちもいなければ、コックの姿も見えません。

 どうしたんだろうと、ふしんに思って家中をさがしてみますと、やっと台所のすみでコックを見つけることができましたが、それがおどろいたことには、手足をしばられたうえに、さるぐつわまではめられているのです。

 なわをといてやって、ようすをたずねますと、二階のインド人が、どこからか帰ってきて、いきなりこんなめにあわせたというのです。いや、そればかりではありません。コックのいいますには、インド人は、なんだか小さい子どもをつれて帰ったらしい。そして、その子どもを地下室へほうりこんだのではないかと思う。今しがたまで、かすかに子どもの泣き声が聞こえていたと申すのです。

 ぼくはおどろいて、すぐさま地下室へ行ってみますと、なんということでしょう。地下室はまるでタンクみたいに水がいっぱいになっていて、その中を、この小林君という少年が、小さいお嬢さんをおぶって泳いでいるじゃありませんか。もう力がつきて、今にもおぼれそうなようすです。

 ぼくは、むろんすぐふたりを救いあげましたが、小さいお嬢さんのほうは、ひどく熱をだしているものですから、こうしてベッドに寝かしてあるのです。

 それから、この小林君の話で、いっさいの事情がわかりましたので、ぼくは、お嬢さんのおたくと、警察とへ、電話をかけようとしているところへ、ちょうど、あなた方が、おいでくださったというわけです。」

 聞きおわった中村係長は、ホッとためいきをついて、

「そうでしたか。いや、おかげさまで、ふたりの命を救うことができて、なによりでした……。しかし、インド人は、たしかにいないのでしょうね。じゅうぶんおさがしになりましたか。」

「じゅうぶんさがしたつもりですが、なお念のために、あなた方のお力で捜索していただいたほうがいいと思いますが。」

「では、もう一度しらべてみましょう。」

 そこで係長は裏口へまわしておいたふたりの警官も呼びいれて、五人が手分けをして、おし入れといわず、天井といわず、床下までも、残るところもなく捜索しましたが、インド人の姿はどこにも発見されませんでした。

 じつにふしぎというほかはありません。羽柴少年が二階の窓をのぞいてから、警官がつくまでの、わずか二十数分のあいだに、ふたりのインド人は、まるで煙のように消えうせてしまったのです。

 建物の外には、六人の少年探偵団員が、注意ぶかく見はりをしていました。インド人は、どうしてその目をのがれることができたのでしょう。

 いやいや、やつらは神変ふしぎの魔法使いです。建物の外へ出るまでもなく、あの二階の部屋の中で、何かのじゅ文をとなえながら、スーッと消えうせてしまったのかもしれません。

 読者諸君は、黒い魔物が、養源寺の墓地の中で、それからもう一度は、篠崎家の庭園で、かき消すように姿をかくしてしまったことをご記憶でしょう。こんども、それと同じ奇跡がおこなわれたのです。このふたりのインド人にかぎっては、物理学の原理があてはまらないのかもしれません。

 むろん、中村係長はただちに、このことを警視庁に報告し、東京全都の警察署、派出所にインド人逮捕の手配をしましたが、一日たち二日たっても、怪インド人はどこにも姿をあらわしませんでした。やつらは姿を消したばかりではなく、飛行の術かなんかで、海をわたって、とっくに本国へ帰ってしまったのではないでしょうか。

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この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。