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怪人二十面相

 江戸川乱歩著 出版:1936年

怪人二十面相は、1936年から連載された「少年探偵シリーズ」の第一作。

東京の至る所に現れ、宝石や美術品を盗む怪人二十面相。怪人二十面相には、必ず前もって予告状を送る奇妙な癖がった。怪人二十面相と明智小五郎、そしてその助手である小林少年と少年探偵団の活躍を描く第一作。

12.伝書バト

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小林少年はふと目をさますと、部屋のようすが、いつもの探偵事務所の寝室とちがっているので、びっくりしましたが、たちまちゆうべのできごとを思いだしました。
「ああ、地下室に監禁されていたんだっけ。でも、地下室にしちゃあ、へんに明るいなあ。」
 殺風景なコンクリートの壁や床が、ほんのりと、うす明るく見えています。地下室に日がさすはずはないのだがと、なおも見まわしていますと、ゆうべは少しも気づきませんでしたが、いっぽうの天井に近く、明りとりの小さな窓がひらいていることがわかりました。
 その窓は三十センチ四ほうほどの、ごく小さいもので、そのうえ太い鉄ごうしがはめてあります。地下室の床からは、三メートル近くもある高いところですけれど、外から見れば、地面とすれすれの場所にあるのでしょう。
「はてな、あの窓から、うまく逃げだせないかしら。」
 小林君はいそいで長イスから起きあがり、窓の下に行って、明るい空を見あげました。窓にはガラスがはめてあるのですが、それがわれてしまって、大声にさけべば、外を通る人に聞こえそうにも思われるのです。
 そこで、今まで寝ていた長イスを、窓の下へおしていって、それを踏み台に、のびあがってみましたが、それでもまだ窓へとどきません。子どもの力で重い長イスをたてにすることはできないし、ほかに踏み台にする道具とても見あたりません。
 では、小林君は、せっかく窓を発見しながら、そこから外をのぞくことも、できなかったのでしょうか。いやいや、読者諸君、ご心配にはおよびません。こういうときの用意に、なわばしごというものがあるのです。少年探偵の七つ道具は、さっそく使い道ができたわけです。
 彼はカバンから絹ひものなわばしごをとりだし、それをのばして、カウ・ボーイの投げなわみたいにはずみをつけ、いっぽうのはしについているかぎを、窓の鉄ごうしめがけて投げあげました。
 三度、四度失敗したあとで、ガチッと、手ごたえがありました。かぎはうまく一本の鉄棒にかかったのです。
 なわばしごといっても、これはごくかんたんなもので、五メートルほどもある、長いじょうぶな一本の絹ひもに、二十センチごとに大きなむずび玉がこしらえてあって、そのむすび玉に足の指をかけて、よじのぼるしかけなのです。
 小林君は腕力ではおとなにおよびませんけれど、そういう器械体操めいたことになると、だれにもひけはとりませんでした。彼は、なんなくなわばしごをのぼって、窓の鉄ごうしにつかまることができました。
 ところが、そうしてしらべてみますと、失望したことには、鉄ごうしは深くコンクリートにぬりこめてあって、万能ナイフぐらいでは、とてもとりはずせないことがわかりました。
 では、窓から大声に救いをもとめてみたらどうでしょう。いや、それもほとんど見こみがないのです。窓の外は荒れはてた庭になっていて草や木がしげり、そのずっと向こうにいけがきがあって、いけがきの外は道路もない広っぱです。その広っぱへ、子どもでも遊びに来るのを待って、救いをもとめれば、もとめられるのですが、そこまで声がとどくかどうかも、うたがわしいほどです。
 それに、そんな大きなさけび声をたてたのでは、広っぱの人に聞こえるよりも先に、二十面相に聞かれてしまいます。いけない、いけない、そんな危険なことができるものですか。
 小林少年は、すっかり失望してしまいました。でも失望のなかにも、一つだけ大きな収穫がありました。といいますのは、今の今まで、この建物がいったいどこにあるのか、少しも見当がつかなかったのですが、窓をのぞいたおかげで、その位置がハッキリとわかったことです。
 読者諸君は、ただ窓をのぞいただけで、位置がわかるなんてへんだとおっしゃるかもしれません。でも、それがわかったのです。小林君はたいへん幸運だったのです。
 窓の外、広っぱのはるかむこうに、東京にたった一ヵ所しかない、きわだって特徴のある建物が見えたのです。東京の読者諸君は、戸山ヶ原にある、大人国のかまぼこをいくつもならべたような、コンクリートの大きな建物をごぞんじでしょう。じつにおあつらえむきの目じるしではありませんか。
 少年探偵は、その建物と賊の家との関係を、よく頭に入れて、なわばしごをおりました。そして、いそいで例のカバンをひらくと、手帳と鉛筆と磁石とをとりだし、方角をたしかめながら、地図を書いてみました。すると、この建物が、戸山ヶ原の北がわ、西よりの一|隅にあるということが、ハッキリとわかったのでした。ここでまた、七つ道具の中の磁石が役にたちました。
 ついでに時計を見ますと、朝の六時を、少しすぎたばかりです。上の部屋がひっそりしているようすでは、二十面相はまだ熟睡しているのかもしれません。
「ああ、ざんねんだなあ。せっかく二十面相のかくれがをつきとめたのに、その場所がちゃんとわかっているのに、賊を捕縛することができないなんて。」
 小林君は小さいこぶしをにぎりしめて、くやしがりました。
「ぼくのからだが、童話の仙女みたいに小さくなって、羽がはえて、あの窓からとびだせたらなあ。そうすれば、さっそく警視庁へ知らせて、おまわりさんを案内して、二十面相をつかまえてしまうんだがなあ。」
 彼は、そんな夢のようなことを考えて、ため息をついていましたが、ところが、そのみょうな空想がきっかけになって、ふと、すばらしい名案がうかんできたのです。
「なあんだ、ぼくは、ばかだなあ。そんなことわけなくできるじゃないか。ぼくにはピッポちゃんという飛行機があるじゃないか。」
 それを考えると、うれしさに、顔が赤くなって、胸がドキドキおどりだすのです。
 小林君は興奮にふるえる手で、手帳に、賊の巣くつの位置と、自分が地下室に監禁されていることをしるし、その紙をちぎって、こまかくたたみました。
 それから、カバンの中の伝書バトのピッポちゃんを出して、その足にむすびつけてある通信筒の中へ、今の手帳の紙をつめこみ、しっかりとふたをしめました。
「さあ、ピッポちゃん、とうとうきみが手がらをたてるときがきたよ。しっかりするんだぜ。道草なんか食うんじゃないよ。いいかい。そら、あの窓からとびだして、早く奥さんのところへ行くんだ。」
 ピッポちゃんは、小林少年の手の甲にとまって、かわいい目をキョロキョロさせて、じっと聞いていましたが、ご主人の命令がわかったものとみえて、やがて勇ましく羽ばたきして、地下室の中を二―三度行ったり来たりすると、ツーッと窓の外へとびだしてしまいました。
「ああ、よかった。十分もすれば、ピッポちゃんは、明智先生のおばさんのところへとんでいくだろう。おばさんはぼくの手紙を読んで、さぞびっくりなさるだろうなあ。でも、すぐに警視庁へ電話をかけてくださるにちがいない。それから警官がここへかけつけるまで、三十分かな? 四十分かな? なんにしても、今から一時間のうちには、賊がつかまるんだ。そしてぼくは、この穴ぐらから出ることができるんだ。」
 小林少年は、ピッポちゃんの消えていった空をながめながら、むちゅうになって、そんなことを考えていました。あまりむちゅうになっていたものですから、いつのまにか、天井のおとし穴のふたがあいたことを、少しも気づきませんでした。
「小林君、そんなところで、何をしているんだね。」
 聞きおぼえのある二十面相の声が、まるで雷のように少年の耳をうちました。
 ギョッとしてそこを見あげますと、天井にポッカリあいた四角な穴から、ゆうべのままの、しらが頭の賊の顔が、さかさまになって、のぞいていたではありませんか。
 アッ、それじゃ、ピッポちゃんのとんでいくのを、見られたんじゃないかしら。
 小林君は、思わず顔色をかえて賊の顔を見つめました。

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  • 1.はしがき

    0 そのころ、東京中の町という町、家という家では、ふたり以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました。「二十面相」というのは、毎日毎日、新聞記事をにぎわして…


  • 2.鉄のわな

    0 麻布の、とあるやしき町に、百メートル四方もあるような大邸宅があります。 四メートルぐらいもありそうな、高い高いコンクリート塀が、ズーッと、目もはるかにつづいています。いかめしい鉄のとびらの門をはいると、大きなソテツが…


  • 3.人か魔か

    0 その午後には、羽柴一家総動員をして、帰朝の壮一君を、羽田空港に出むかえました。 飛行機からおりたった壮一君は、予期にたがわず、じつにさっそうたる姿でした。こげ茶色の薄がいとうを小わきにして、同じ色のダブル・ボタンの背…


  • 4.魔法使い

    0 しばらくのあいだ、ふたりともだまりこくって、青ざめた顔を、見あわせるばかりでしたが、やっと壮太郎氏は、さもいまいましそうに、「ふしぎだ。」と、つぶやきました。「ふしぎですね。」 壮一君も、おうむがえしに同じことをつぶ…


  • 5.池の中

    0 賊がピストルを投げだして、外へとびおりたのを見ると、壮太郎氏はすぐさま、窓のところへかけつけ、暗い庭を見おろしました。 暗いといっても、庭には、ところどころに、公園の常夜燈のような、電燈がついているので、人の姿が見え…


  • 6.樹上の怪人

    0 それから、池の岸で、どんなことがおこったかは、しばらく読者諸君のご想像にまかせます。 五―六分ののちには、以前の松野運転手が、なにごともなかったように、同じ池の岸に立っておりました。少し息づかいがはげしいようです。そ…


  • 7.壮二君のゆくえ

    0 松野の語ったところによりますと、けっきょく、賊は、つぎのようなとっぴな手段によって、まんまと追っ手の目をくらまし、大ぜいの見ている中をやすやすと逃げさったことがわかりました。 人々に追いまわされている間に、賊は庭の池…


  • 8.少年探偵

    0 青年運転手を帰すと、ただちに、主人の壮太郎氏夫妻、近藤老人、それに、学校の用務員さんに送られて、車をとばして帰ってきた早苗さんもくわわって、奥まった部屋に、善後処置の相談がひらかれました。もうぐずぐずしてはいられない…


  • 9.仏像の奇跡

    0 さて、お話はとんで、その夜のできごとにうつります。 午後十時、約束をたがえず、二十面相の部下の三人のあらくれ男が、あけはなったままの、羽柴家の門をくぐりました。 盗人たちは、玄関に立っている秘書などをしりめに、「お約…


  • 10.おとしあな

    0 さすがの怪盗も、これには胆をつぶしました。相手が人間ならばいくらピストルを向けられてもおどろくような賊ではありませんが、古い古い鎌倉時代の観音さまが、いきなり動きだしたのですから、びっくりしないではいられません。 び…


  • 11.七つ道具

    0 小林少年はほとんど二十分ほどのあいだ、地底の暗やみの中で、ついらくしたままの姿勢で、じっとしていました。ひどく腰を打ったものですから、痛さに身動きする気にもなれなかったのです。 そのまに、天井では、二十面相がさんざん…


  • 12.伝書バト

    0 小林少年はふと目をさますと、部屋のようすが、いつもの探偵事務所の寝室とちがっているので、びっくりしましたが、たちまちゆうべのできごとを思いだしました。「ああ、地下室に監禁されていたんだっけ。でも、地下室にしちゃあ、へ…


  • 13.奇妙な取りひき

    0 「少年探偵さん、どうだったね、ゆうべの寝ごこちは。ハハハ……、おや、窓になんだか黒いひもがぶらさがっているじゃないか。ははあ、用意のなわばしごというやつだね。感心、感心、きみは、じつに考えぶかい子どもだねえ。だが、そ…


  • 14.小林少年の勝利

    0 二十面相は、おとし戸のところにしゃがんだまま、今、とりあげたばかりのピストルを、手のひらの上でピョイピョイとはずませながら、とくいの絶頂でした。そして、なおも小林少年をからかってたのしもうと、何かいいかけたときでした…


  • 15.おそろしき挑戦状

    0 戸山ヶ原の廃屋の捕り物があってから二時間ほどのち、警視庁の陰気な調べ室で、怪盗二十面相の取り調べがおこなわれました。なんの飾りもない、うす暗い部屋に机が一脚、そこに中村捜査係長と老人に変装したままの怪盗と、ふたりきり…


  • 16.美術城

    0 伊豆半島の修善寺温泉から四キロほど南、下田街道にそった山の中に、谷口村というごくさびしい村があります。その村はずれの森の中に、みょうなお城のようないかめしいやしきが建っているのです。 まわりには高い土塀をきずき、土塀…


  • 17.名探偵明智小五郎

    0 ネズミ色のトンビに身をつつんだ、小がらの左門老人が、長い坂道をチョコチョコと走らんばかりにして、富士屋旅館についたのは、もう午後一時ごろでした。「明智小五郎先生は?」とたずねますと、裏の谷川へ魚釣りに出かけられました…


  • 18.不安の一夜

    0  日下部左門老人が、修善寺でやとった自動車をとばして、谷口村の「お城」へ帰ってから、三十分ほどして、明智小五郎の一行が到着しました。 一行は、ピッタリと身にあう黒の洋服に着かえた明智探偵のほかに、背広服のくっきょうな…


  • 19.悪魔の知恵

    0 ああ、またしてもありえないことがおこったのです。二十面相というやつは、人間ではなくて、えたいのしれないお化けです。まったく不可能なことを、こんなにやすやすとやってのけるのですからね。 明智はツカツカと部屋の中へはいっ…


  • 20.巨人と怪人

    0 美術城の事件があってから半月ほどたった、ある日の午後、東京駅のプラットホームの人ごみの中に、ひとりのかわいらしい少年の姿が見えました。ほかならぬ小林芳雄君です。読者諸君にはおなじみの明智探偵の少年助手です。 小林君は…


  • 21.トランクとエレベーター

    0 名探偵は、プラットホームで賊をとらえようと思えば、なんのわけもなかったのです。どうして、この好機会を見のがしてしまったのでしょう。読者諸君は、くやしく思っているかもしれませんね。 しかし、これは名探偵の自信がどれほど…


  • 22.二十面相の逮捕

    0 「あ、明智さん、今、あなたをおたずねするところでした。あいつは、どこにいますか。」 明智探偵は、鉄道ホテルから五十メートルも歩いたか歩かぬかに、とつぜん呼びとめられて、立ちどまらなければなりませんでした。「ああ、今西…


  • 23.「わしがほんものじゃ」

    0 「この人でした。この人にちがいありません。」 小林君は、キッパリと答えました。「ハハハ……、どうだね、きみ、子どもの眼力にかかっちゃかなわんだろう。きみが、なんといいのがれようとしたって、もうだめだ。きみは二十面相に…


  • 24.二十面相の新弟子

    0 明智小五郎の住宅は、港区竜土町の閑静なやしき町にありました。名探偵は、まだ若くて美しい文代夫人と、助手の小林少年と、お手伝いさんひとりの、質素な暮らしをしているのでした。 明智探偵が、外務省からある友人の宅へたちよっ…


  • 25.名探偵の危急

    0 「ええ、なんだって、あの野郎をひっさらうんだって、そいつあおもしれえ。ねがってもないことだ。手つだわせてくんねえ。ぜひ手つだわせてくんねえ。で、それはいったい、いつのことなんだ。」 赤井寅三は、もうむちゅうになってた…


  • 26.怪盗の巣くつ

    0 賊の手下の美しい婦人と、乞食と、赤井寅三と、気をうしなった明智小五郎とを乗せた自動車は、さびしい町さびしい町とえらびながら、走りに走って、やがて、代々木の明治神宮を通りすぎ、暗い雑木林の中にポツンと建っている、一軒の…


  • 27.少年探偵団

    0 翌朝になっても明智探偵が帰宅しないものですから、るす宅は大さわぎになりました。 探偵が同伴して出かけた、事件依頼者の婦人の住所がひかえてありましたので、そこをしらべますと、そんな婦人なんか住んでいないことがわかりまし…


  • 28.午後四時

    0 少年探偵団のけなげな捜索は、日曜、月曜、火曜、水曜と、学校の余暇を利用して、忍耐強くつづけられましたが、いつまでたっても、これという手がかりはつかめませんでした。 しかし、東京中の何千人というおとなのおまわりさんにさ…


  • 29.名探偵の狼藉

    0 「え、え、きみは何をいっているんだ。何もぬすまれてなんかいやしないじゃないか。ぼくは、つい今しがた、この目で陳列室をずっと見まわってきたばかりなんだぜ。それに、博物館のまわりには、五十人の警官が配置してあるんだ。ぼく…


  • 30.種明し

    0 「ですが、わたしどもには、どうもわけがわからないのです。あれだけの美術品を、たった一日のあいだに、にせものとすりかえるなんて、人間わざでできることではありません。まあ、にせもののほうは、まえまえから、美術学生かなんか…


  • 31.怪盗捕縛

    0 「だが、明智君。」 警視総監は、説明が終わるのを待ちかまえていたように、明智探偵にたずねました。「きみはまるで、きみ自身が二十面相ででもあるように、美術品盗奪の順序をくわしく説明されたが、それはみんな、きみの想像なの…


この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。