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少年探偵団

 江戸川乱歩著 出版:1937年

東京に現れた「黒い魔物」により次々と少女が誘拐されていく。少年探偵団と明智先生によって犯人を追いかけるのだが。。

江戸川乱歩の代表作。

13.屋上の怪人

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明智探偵は何も知らずに話しつづけました。

「あべこべといいますのはね、この事件の犯人は、彼が見せかけようとしたり、広告したりしたのとは、まるで反対なものではないかということです。

 つまり、犯人は黒いインド人ではなくて、その反対の白い日本人であった。篠崎さんのお嬢ちゃんをさらったのも、いかにも宝石につきまとうのろいのように見せかける手段で、けっして命をとろうなどという考えはなかったということです。

 それがしょうこに、緑ちゃんも小林君も、ちゃんと助かっているじゃありませんか。もしほんとうに殺すつもりだったら、あれほど苦心してさらっておきながら、最期も見とどけないで、たちさってしまうわけがないのです。

 すべては世間の目を、べつの方面にそらすための手段にすぎなかったのですよ。それほどまでの苦労をしなければならなかったのをみると、この犯人は、よほど世間に知れわたっているやつにちがいありません。ね、そうじゃありませんか。」

「では、あなたは、犯人はインド人じゃないとおっしゃるのですか。」

 春木氏が、みょうにしわがれた声でたずねました。

「そうです。犯人は日本人にちがいないと思うのです。」

 探偵は微笑をうかべながら、じっと春木氏を見つめました。

「でも、たしかにインド人がいたじゃありませんか。わたしが部屋を貸したことは、かりに信用していただけないとしても、ここの二階にいたのを子どもたちが見たということですし、聞けば、小林君とお嬢ちゃんとが乗った車の運転手と助手が、いつのまにか黒ん坊にかわっていて、ふたりはそれをたしかに見たといっていましたが。」

「ハハハ……。春木さん、それがみんなうそだったとしたら、どうでしょう。

 小林君のいうところによりますと、最初あの自動車に乗ったとき、助手席にいたのは、たしかに篠崎さんの秘書の今井君だったそうです。それがどうして、とつぜん黒ん坊にかわったのでしょう。

 いや、そればかりではありません。ちょうどそのころ、ほんものの今井君は、養源寺の境内に、手足をしばられてころがっていたのですよ。

 ひとりの今井君が、同時に二ヵ所にあらわれるなんて、まったく不可能なことじゃありませんか。春木さん、この点をぼくは、じつにおもしろく思うのです。こんどの事件のなぞをとく、いちばんたいせつなかぎが、ここにあると思うのですよ。」

 それを聞くと、春木氏はニヤニヤとみょうな微笑をうかべて、さも感心したようにいうのでした。

「ああ、さすがは名探偵だ。あなたはそこまでお考えになっていたのですか。そして、そのふしぎはとけましたか。」

「ええ、とけましたよ。」

「ほんとうですか。」

「ほんとうですとも。」

 そして、ふたりはしばらくのあいだ、だまりこんだまま、ひじょうに真剣な表情になって、にらみあっていました。まるで、おたがいの心の底を見すかそうとでもしているようです。

「説明してください。」

 春木氏は青ざめた顔に、いっぱい汗の玉をうかべて、ためいきをつくようにいいました。

「自動車の中で、ふたりのものが、とつぜん黒ん坊にかわったのは、子どもだましのようなかんたんな方法です。ほかでもありません。車が走っているあいだに、うしろの客席から見えないように、ソッとうつむいて、用意の絵の具――たぶん、すすのようなものでしょう――それで顔と手を、まっ黒に染めたのです。

 じつにわけのない話です。変装のうちで、黒ん坊に化けるほど、たやすいことはありませんからね。ぼくは念のために、小林君に、うしろから見える首すじのあたりの色はどうだったとたずねてみましたが、そこは洋服のえりと鳥打ち帽とで、少しも皮膚が見えないように、用心ぶかくかくしてあったということです。」

「で、今井という秘書が、同時に二ヵ所にあらわれたなぞは?」

 春木氏は、まるではたしあいでもするような、おそろしく力のこもった声でたずねました。

「たいへん気がかりとみえますね、ハハハ……、それは、犯人が今井君をしばって、その服を着こみ、顔まで今井君に化けたと考えるほかに、方法はありません。

 しかし、犯人が今井君とそっくりの顔になれるものでしょうか。ほとんど不可能なことです。でもひろい日本に、たったひとりだけ、その不可能なことのできる人物があります。」

「それは?」

「二十面相です。」

 探偵はじつに意外な名まえを、ズバリといって、じっと相手の目の中をのぞきこみました。息づまるようなにらみあいが、三十秒ほどもつづきました。

「二十面相」とはだれでしょう。むろん読者諸君はごぞんじのことと思います。二十のちがった顔を持つといわれた、あの変装の大名人です。今は獄中につながれているはずの、希代の宝石泥棒です。

「おい、二十面相君、しばらくだったなあ。」

 明智探偵が、おだやかなちょうしでいって、ポンと春木氏の肩をたたきました。

「な、なにをいっているんです。わたしが、二十面相ですって?」

「ハハ、しらばっくれたって、もうだめだよ。ぼくは今しがた、刑務所へ行ってしらべてきたんだ。そして、あそこにいるのは、にせ者の二十面相だということがわかったのだ。

 きみは、さいぜんから、ぼくがなぜ、あんな話をクドクドとしていたと思うのだい。それはね、話をしながら、きみの顔を読むためだったんだよ。つまりきみを試験していたというわけさ。

 するときみは、ぼくの話が進むにつれて、だんだん青ざめてきた。そわそわしだした。見たまえ、いっぱいあぶら汗が出ているじゃないか。それが何よりの自白というものだ。

 二を引いて二を足すと、もともとどおりだったねえ。つまり、きみときみのコックとが、今井君と運転手に化けたうえ、少年探偵団の子どもたちをだますために、ふたりのインド人になって、みょうなお祈りまでして見せた。

 そのインド人が、そのまま、もとのきみとコックにもどればよかったのだから、いくら見はっていても、インド人も逃げださなければ、きみも外からはいってこなかったというわけさ。もともと四人ではなくて、ふたりきりのお芝居だったんだからね。

 だが、二十面相が人殺しをしないという主義をかえないのは感心だ。むろんきみは最初から小林君と緑ちゃんは、助けるつもりだったのだろうね。」

 探偵がいいおわるかおわらぬに、部屋中にとほうもない笑い声がひびきわたりました。

「ワハハハ……えらい、きみはさすが明智小五郎だよ。よくそこまで考えたねえ。その骨折りにめんじて白状してやろう。いかにもおれは、きみのこわがっている二十面相だよ。

 だがねえ、明智君、これはきみの大失敗を、きみ自身でしょうこだてたようなものなんだぜ。わかるかい。

 きみはいつか、博物館でおれを逮捕したつもりで、大いばりだったねえ。世間も、やんやと喝采したっけねえ。

 ところが、あれはみんなうそだったということになるじゃないか。え、探偵さん、きみもとんだやぶへびをしたもんだねえ。

 つまらないせんさくだてをしないで、おれを見のがしておけば、きみはいつまでも英雄でいられたんだぜ。それを、こんなことにしてしまっちゃ、きみの名折れじゃないか。博物館でとらえたのは、あれは二十面相でもなんでもない、ただのへっぽこの野郎だったということを、世間に広告するようなもんじゃないか。

 ハハハ……、ゆかいゆかい、おれがいったい、あんなへまをする男だとでも思っているのかい。白ひげの博物館長さんが、じつは怪盗二十面相だったなんて、いかにも明智先生ごのみの思いつきだ。つまりおれは、きみのとびつきそうなごちそうをこしらえて、お待ち申していたのさ。

 すると案のじょう、きみはわなにかかってしまった。博物館長に化けていたおれの部下を、二十面相と思いこんでしまった。おれのほうで、そう思いこませるようにしむけたのさ。

 むりもないよ。おれにはきまった顔というものがないんだからね。おれ自身でさえ、ほんとうの自分が、どんな顔なのか、わすれてしまったほどだからねえ。

 だが、博物館の前で、チョコチョコと逃げだして、子どもたちに組みふせられるなんて、二十面相ともあろうものが、あんなへまをするとでも思っていたのかい。あれが二十面相の最後では、ちっとばかりかわいそうというもんだよ。」

 二十面相は、まくしたてるようにしゃべりつづけて、またしても、われるように笑うのでした。

「たいへんな勢いだねえ。だが、昔のことはともかくとして、けっきょく、勝利はぼくのものだったじゃないか。せっかくのインド人の大芝居も、とうとう見やぶられてしまったじゃないか。」

 明智探偵は少しもさわがず、にこにこと微笑しながら答えました。

「インド人の大芝居か。おもしろかったねえ。おれはね、篠崎氏があるところで、宝石のいんねん話をしているのを、すっかり聞いてしまったんだよ。そして、むやみにあの宝石がほしくなったのさ。そこで、宝石を手に入れたうえ、世間をアッといわせてやろうと、あの大芝居を思いついたのだよ。

 インド人が犯人だとすれば、まさか二十面相をうたがうやつはないからね。ただ宝石だけぬすんだのじゃあ、なにしろ金目のものだから、警察の捜索がうるさいのでねえ。

 ところで、きみはおれをどうしようというのだい。たったひとりで、二十面相の本拠へとびこんでくるなんて、少し無謀だったねえ。気のどくだけれど、かえりうちだぜ、きみをもうこの部屋から一歩だって出しゃあしないぜ。」

 二十面相は、追いつめられたけだもののような、ものくるわしい形相で、明智探偵につかみかからんばかりです。

「ハハハ……、おい、二十面相君、ぼくがひとりぼっちかどうか、ちょっとうしろを向いてごらん。」

 探偵のことばに、二十面相はギョッとして、クルッと、うしろの戸口のほうをふりむきました。

 すると、ああ、これはどうでしょう。いつのまにしのびこんだのか、いっぱいにひらかれたドアの外には、おしかさなるようにして、五人の制服警官が、いかめしく立ちはだかっていました。

「ちくしょうめ! やりゃあがったな。」

 二十面相は、ふいをうたれて、よろよろとよろめきながら、さもくやしそうにわめきました。そして、いきなり、いっぽうの窓のほうへかけよります。

「おい、窓からとびおりるなんて、つまらない考えはよしたほうがいいぜ。念のためにいっておくがね、この家のまわりは、五十人の警官がとりかこんでいるんだよ。」

 明智探偵が二の矢をはなちました。

「ウー、そうか。よく手がまわったなあ。」

 二十面相は窓をひらいて、暗やみの地上を見おろすようなしぐさをしましたが、またクルッとこちらを向いて、

「ところがねえ、たった一つ、きみたちの手のとどかない場所があるんだよ。これがおれの最後の切り札さ。どこだと思うね。それはね、こうさ!」

 いいはなったかと思うと、二十面相の上半身が、グーッと窓の外へ乗りだし、そのままサッとやみの空間へ消えさってしまいました。

 それはまるで機械じかけの人形が、カタンとひっくりかえるような、目にもとまらぬ早わざでした。

 二十面相は、いったい何をしたのでしょう。窓の外へとびおりて、逃げさるつもりだったのでしょうか。しかし、明智探偵はうそをいったのではありません。この洋館のまわりは、ほんとうに数十人の警官隊がとりまいているのです。そのかこみを切りぬけて、逃げだすことなど思いもおよびません。

 明智探偵は、二十面相の姿が窓の外に消えたのを見ると、急いでそこにかけより、地上を見おろしましたが、これはふしぎ、地上にはまったく人の姿がありません。

 やみ夜とはいえ、階下の部屋の窓明かりで、庭がおぼろげに見えているのですが、その庭に、今とびおりたばかりの二十面相の姿がないのです。

「おい、ここだ、ここだ。きみはあべこべの理屈をわすれたのかい。おれはとびおりたのでなくて、昇天しているんだぜ。悪魔の昇天さ。ハハハ……。」

 空中からひびく二十面相の声に、ひょいと上を見た探偵は、あまりの意外さに、思わず「アッ。」と声をたててしまいました。

 ごらんなさい。二十面相はまるで軽業師のように、大屋根からさがった一本の綱をつかんで、スルスルと屋上へとのぼっていくではありませんか。ほんとうに悪魔の昇天です。

 探偵には見えませんでしたけれど、大屋根の上には、白い上着を着た例のコックが、足をふんばって、屋根の頂上にむすびつけた綱を、グングンと引きあげています。下からはたぐりのぼる力、上からは引きあげる力、その両ほうの力がくわわって、二十面相はみるみる大屋根にのぼりつき、かわらの上にはいあがってしまいました。

 さいぜん、窓からコックの顔がのぞいたのは、綱の用意ができましたよというあいずだったのです。彼はたぶん綱のはしにからだをくくりつけて、さかさまに窓の外へぶらさがったのでしょう。

 こうして、怪盗の姿は、またたくまに、明智探偵の目の中から消えてしまいましたが、しかし、屋根の上などへ逃げあがって、いったいどうしようというのでしょう。さびしい一軒屋のことですから、まわりは四ほうともあき地で、町中のように屋根から屋根を伝わって逃げる手段もありません。

 それに、洋館ぜんたいが、おびただしい警官隊のために、とりまかれているのです。まったく袋のネズミも同然ではありませんか。屋根の上には飲み水や食料があるわけでもないでしょうから、いつまでもそんな場所にいることはできません。雨でも降れば、ふたりはあわれな、ぬれネズミです。

「どうしたんです。あいつは屋根へ逃げたんですか。」

 入り口にいた五人の警官が、明智探偵のそばにかけよって、口々にたずねました。

「そうですよ。じつにばかなまねをしたものです。われわれはただ、この家をとりかこんで、じっと待っていてもいいのですよ。そのうちに、やつらはつかれきって、降参してしまうでしょう。もう捕縛したも同じことです。」

 探偵は、賊をあわれむようにつぶやきました。

 警官たちはすぐさま階下にかけおり、門の外に待機している警官隊に、このことをつたえました。いや、教えられるまでもなく、警官隊のほうでも、もうそれを気づいていました。

 命令いっか、五十人あまりのおまわりさんが、表口裏口から門内になだれこみ、たちまち建物の四ほうに、アリものがさぬ円陣をはってしまいました。

 指揮官中村捜査係長のさしずで、ふたりの警官が、どこかへ走りさったかと思うと、やがて、五分もたたないうちに、付近の消防署から、消防自動車が邸内にすべりこみ、機械じかけの非常ばしごがやみの大屋根めがけて、スルスルとのびあがりました。

 そのはしごを、帽子のあごひもをかけ、靴をぬいで靴下ばかりになった警官が、つぎからつぎへとよじのぼり、懐中電燈をふり照らしながら、屋根の上の大捕り物がはじまりました。

 二十面相とコックとは、手をつなぐようにして、屋根の頂上近くに立ちはだかっていました。大屋根にはいあがった警官たちは、それを遠まきにして、捕縄をにぎりしめ、ゆだんなくジリジリと賊にせまっていきます。

「ワハハハ……。」

 やみの大空に、気ちがいのような高笑いが爆発しました。賊たちは、この危急のばあいに、何を思ったのか、声をそろえて笑いだしたのです。

「ワハハハ……、ゆかいゆかい、じつにすばらしい景色だなあ。ひとり、ふたり、三人、四人、五人、おお、登ってくる、登ってくる。おまわりさんで屋根がうずまりそうだ。

 諸君、足もとに気をつけて、すべらないように用心したまえ。夜露でぬれているからね。ここからころがり落ちたら、命がないのだぜ。おお、そこへ登ってきたのは、中村警部君じゃないか。ご苦労さま。しばらくだったねえ。」

 二十面相は傍若無人にわめきちらしています。

「いかにもわしは中村だ。きさまも、とうとう年貢をおさめるときがきたようだね。つまらない虚勢をはらないで、神妙にして、最後を清くするがいい。」

 中村係長は、さとすようにどなりかえしました。

「ワハハ……、これはおかしい。最後だって? きみたちは、おれを袋のネズミとでも思っているのかい。もう逃げ場がないとでも思っているのかい。ところが、おれはけっしてつかまえられないんだぜ。おれの仕事はこれからだ。あんな宝石一つぐらいで、年貢をおさめてたまるものか。

 おい、中村君、ひとつなぞをかけようか。おれたちがこの大屋根から、どうして逃げだすかというのだ。とけるかい。ハハハ……、二十面相は魔術師なんだぜ。こんどは、どんなすばらしい魔術を使うか、ひとつあててみたまえ。」

 賊はあくまで傍若無人です。

 二十面相は虚勢をはっているのでしょうか。いや、どうもそうではなさそうです。何かたしかに逃げだせるという確信を持っているらしくみえます。

 しかし、四ほう八ぽうからとりかこまれた、この屋根の上を、どうしてのがれるつもりでしょう。いったい、そんなことができるのでしょうか。

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この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。