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怪人二十面相

 江戸川乱歩著 出版:1936年

怪人二十面相は、1936年から連載された「少年探偵シリーズ」の第一作。

東京の至る所に現れ、宝石や美術品を盗む怪人二十面相。怪人二十面相には、必ず前もって予告状を送る奇妙な癖がった。怪人二十面相と明智小五郎、そしてその助手である小林少年と少年探偵団の活躍を描く第一作。

14.小林少年の勝利

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二十面相は、おとし戸のところにしゃがんだまま、今、とりあげたばかりのピストルを、手のひらの上でピョイピョイとはずませながら、とくいの絶頂でした。そして、なおも小林少年をからかってたのしもうと、何かいいかけたときでした。
 バタバタと二階からかけおりる音がして、コックの恐怖にひきつった顔があらわれました。
「たいへんです……。自動車が三台、おまわりがうじゃうじゃ乗っているんです……。二階の窓から見ていると、門の外でとまりました……。早く逃げなくっちゃ。」
 ああ、はたしてピッポちゃんは使命をはたしたのでした。そして、小林君の考えていたよりも早く、もう警官隊が到着したのでした。地下室で、このさわぎを聞きつけた少年探偵は、うれしさにとびたつばかりです。
 この不意うちには、さすがの二十面相も仰天しないではいられません。
「なに?」
と、うめいて、スックと立ちあがると、おとし戸をしめることもわすれて、いきなり表の入り口へかけだしました。
 でも、もうそのときはおそかったのです。入り口の戸を、外からはげしくたたく音が聞こえてきました。戸のそばに設けてあるのぞき穴に目をあててみますと、外は制服警官の人がきでした。
「ちくしょうっ。」
 二十面相は、怒りに身をふるわせながら、こんどは裏口に向かって走りました。しかし、中途までも行かぬうちに、その裏口のドアにも、はげしくたたく音が聞こえてきたではありませんか。賊の巣くつは、今や警官隊によって、まったく包囲されてしまったのです。
「かしら、もうだめです。逃げ道はありません。」
 コックが絶望のさけびをあげました。
「しかたがない、二階だ。」
 二十面相は、二階の屋根裏部屋へかくれようというのです。
「とてもだめです。すぐ見つかってしまいます。」
 コックは泣きだしそうな声でわめきました。賊はそれにかまわず、いきなり男の手をとって、ひきずるようにして、屋根裏部屋への階段をかけあがりました。
 ふたりの姿が階段に消えるとほどなく、表口のドアがはげしい音をたてて、たおれたかとおもうと、数名の警官が屋内になだれこんできました。それとほとんど同時に、裏口の戸もあいて、そこからも数名の制服警官。
 指揮官は、警視庁の鬼とうたわれた中村捜査係長その人です。係長は、表と裏の要所要所に見はりの警官を立たせておいて、残る全員をさしずして、部屋という部屋をかたっぱしから捜索させました。
「あっ、ここだ。ここが地下室だ。」
 ひとりの警官が例のおとし戸の上でどなりました。たちまちかけよる人々、そこにしゃがんで、うす暗い地下室をのぞいていたひとりが、小林少年の姿をみとめて、
「いる、いる。きみが小林君か。」
と呼びかけますと、待ちかまえていた少年は、
「そうです。早くはしごをおろしてください。」
と叫ぶのでした。
 いっぽう、階下の部屋部屋は、くまなく捜索されましたが、賊の姿はどこにも見えません。
「小林君、二十面相はどこへ行ったか、きみは知らないか。」
 やっと地下室からはいあがった、異様な衣姿の少年をとらえて、中村係長があわただしくたずねました。
「つい今しがたまで、このおとし戸のところにいたんです。外へ逃げたはずはありません。二階じゃありませんか。」
 小林少年のことばが終わるか終わらぬかに、その二階からただならぬさけび声がひびいてきました。
「早く来てくれ、賊だ、賊をつかまえたぞ!」
 それっというので、人々はなだれをうって、廊下の奥の階段へ殺到しました。ドカドカというはげしい靴音、階段をあがると、そこは屋根裏部屋で、小さな窓がたった一つ、まるで夕方のようにうす暗いのです。
「ここだ、ここだ。早く加勢してくれ。」
 そのうす暗い中で、ひとりの警官が、白髪|白髯の老人を組みしいて、どなっています。老人はなかなか手ごわいらしく、ともすればはねかえしそうで、組みしいているのがやっとのようすです。
 先にたった二―三人が、たちまち老人に組みついていきました。それを追って、四人、五人、六人、ことごとくの警官が折りかさなって、賊の上におそいかかりました。
 もうこうなっては、いかな凶賊も抵抗のしようがありません。みるみるうちに高手小手にいましめられてしまいました。
 白髪の老人が、グッタリとして、部屋のすみにうずくまったとき、中村係長が小林少年をつれてあがってきました。首実検のためです。
「二十面相は、こいつにちがいないだろうね。」
 係長がたずねますと、少年はそくざにうなずいて、
「そうです。こいつです。二十面相がこんな老人に変装しているのです。」
と答えました。
「きみたち、そいつを自動車へ乗せてくれたまえ。ぬかりのないように。」
 係長が命じますと、警官たちは四ほうから老人をひったてて、階段をおりていきました。
「小林君、大手がらだったねえ。外国から明智さんが帰ったら、さぞびっくりすることだろう。相手が二十面相という大物だからねえ。あすになったら、きみの名は日本中にひびきわたるんだぜ。」
 中村係長は少年名探偵の手をとって、感謝にたえぬもののように、にぎりしめるのでした。
 かくして、たたかいは、小林少年の勝利に終わりました。仏像は、最初からわたさなくてすんだのですし、ダイヤモンドは六個とも、ちゃんとカバンの中におさまっています。勝利も勝利、まったく申しぶんのない勝利でした。賊は、あれほどの苦心にもかかわらず、一物をも得ることができなかったばかりか、せっかく監禁した小林少年は救いだされ、彼自身は、とうとう、とらわれの身となってしまったのですから。
「ぼく、なんだかうそみたいな気がします。二十面相に勝ったなんて。」
 小林君は、興奮に青ざめた顔で、何か信じがたいことのようにいうのでした。
 しかし、ここに一つ、賊が逮捕されたうれしさのあまり、少年探偵がすっかり忘れていたことがらがあります。それは二十面相のやとっていたコックのゆくえです。彼は、いったいどこへ雲がくれしてしまったのでしょう。あれほどの家さがしに、まったく姿を見せなかったというのは、じつに、ふしぎではありませんか。
 逃げるひまがあったとは思われません。もしコックに逃げるよゆうがあれば、二十面相も逃げているはずです。では、彼はまだ屋内のどこかに身をひそめているのでしょうか。それはまったく不可能なことです。大ぜいの警官隊のげんじゅうな捜索に、そんな手ぬかりがあったとは考えられないからです。
 読者諸君、ひとつ本をおいて、考えてみてください。このコックの異様なゆくえ不明には、そもそもどんな意味がかくされているのかを。

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  • 1.はしがき

    0 そのころ、東京中の町という町、家という家では、ふたり以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました。「二十面相」というのは、毎日毎日、新聞記事をにぎわして…


  • 2.鉄のわな

    0 麻布の、とあるやしき町に、百メートル四方もあるような大邸宅があります。 四メートルぐらいもありそうな、高い高いコンクリート塀が、ズーッと、目もはるかにつづいています。いかめしい鉄のとびらの門をはいると、大きなソテツが…


  • 3.人か魔か

    0 その午後には、羽柴一家総動員をして、帰朝の壮一君を、羽田空港に出むかえました。 飛行機からおりたった壮一君は、予期にたがわず、じつにさっそうたる姿でした。こげ茶色の薄がいとうを小わきにして、同じ色のダブル・ボタンの背…


  • 4.魔法使い

    0 しばらくのあいだ、ふたりともだまりこくって、青ざめた顔を、見あわせるばかりでしたが、やっと壮太郎氏は、さもいまいましそうに、「ふしぎだ。」と、つぶやきました。「ふしぎですね。」 壮一君も、おうむがえしに同じことをつぶ…


  • 5.池の中

    0 賊がピストルを投げだして、外へとびおりたのを見ると、壮太郎氏はすぐさま、窓のところへかけつけ、暗い庭を見おろしました。 暗いといっても、庭には、ところどころに、公園の常夜燈のような、電燈がついているので、人の姿が見え…


  • 6.樹上の怪人

    0 それから、池の岸で、どんなことがおこったかは、しばらく読者諸君のご想像にまかせます。 五―六分ののちには、以前の松野運転手が、なにごともなかったように、同じ池の岸に立っておりました。少し息づかいがはげしいようです。そ…


  • 7.壮二君のゆくえ

    0 松野の語ったところによりますと、けっきょく、賊は、つぎのようなとっぴな手段によって、まんまと追っ手の目をくらまし、大ぜいの見ている中をやすやすと逃げさったことがわかりました。 人々に追いまわされている間に、賊は庭の池…


  • 8.少年探偵

    0 青年運転手を帰すと、ただちに、主人の壮太郎氏夫妻、近藤老人、それに、学校の用務員さんに送られて、車をとばして帰ってきた早苗さんもくわわって、奥まった部屋に、善後処置の相談がひらかれました。もうぐずぐずしてはいられない…


  • 9.仏像の奇跡

    0 さて、お話はとんで、その夜のできごとにうつります。 午後十時、約束をたがえず、二十面相の部下の三人のあらくれ男が、あけはなったままの、羽柴家の門をくぐりました。 盗人たちは、玄関に立っている秘書などをしりめに、「お約…


  • 10.おとしあな

    0 さすがの怪盗も、これには胆をつぶしました。相手が人間ならばいくらピストルを向けられてもおどろくような賊ではありませんが、古い古い鎌倉時代の観音さまが、いきなり動きだしたのですから、びっくりしないではいられません。 び…


  • 11.七つ道具

    0 小林少年はほとんど二十分ほどのあいだ、地底の暗やみの中で、ついらくしたままの姿勢で、じっとしていました。ひどく腰を打ったものですから、痛さに身動きする気にもなれなかったのです。 そのまに、天井では、二十面相がさんざん…


  • 12.伝書バト

    0 小林少年はふと目をさますと、部屋のようすが、いつもの探偵事務所の寝室とちがっているので、びっくりしましたが、たちまちゆうべのできごとを思いだしました。「ああ、地下室に監禁されていたんだっけ。でも、地下室にしちゃあ、へ…


  • 13.奇妙な取りひき

    0 「少年探偵さん、どうだったね、ゆうべの寝ごこちは。ハハハ……、おや、窓になんだか黒いひもがぶらさがっているじゃないか。ははあ、用意のなわばしごというやつだね。感心、感心、きみは、じつに考えぶかい子どもだねえ。だが、そ…


  • 14.小林少年の勝利

    0 二十面相は、おとし戸のところにしゃがんだまま、今、とりあげたばかりのピストルを、手のひらの上でピョイピョイとはずませながら、とくいの絶頂でした。そして、なおも小林少年をからかってたのしもうと、何かいいかけたときでした…


  • 15.おそろしき挑戦状

    0 戸山ヶ原の廃屋の捕り物があってから二時間ほどのち、警視庁の陰気な調べ室で、怪盗二十面相の取り調べがおこなわれました。なんの飾りもない、うす暗い部屋に机が一脚、そこに中村捜査係長と老人に変装したままの怪盗と、ふたりきり…


  • 16.美術城

    0 伊豆半島の修善寺温泉から四キロほど南、下田街道にそった山の中に、谷口村というごくさびしい村があります。その村はずれの森の中に、みょうなお城のようないかめしいやしきが建っているのです。 まわりには高い土塀をきずき、土塀…


  • 17.名探偵明智小五郎

    0 ネズミ色のトンビに身をつつんだ、小がらの左門老人が、長い坂道をチョコチョコと走らんばかりにして、富士屋旅館についたのは、もう午後一時ごろでした。「明智小五郎先生は?」とたずねますと、裏の谷川へ魚釣りに出かけられました…


  • 18.不安の一夜

    0  日下部左門老人が、修善寺でやとった自動車をとばして、谷口村の「お城」へ帰ってから、三十分ほどして、明智小五郎の一行が到着しました。 一行は、ピッタリと身にあう黒の洋服に着かえた明智探偵のほかに、背広服のくっきょうな…


  • 19.悪魔の知恵

    0 ああ、またしてもありえないことがおこったのです。二十面相というやつは、人間ではなくて、えたいのしれないお化けです。まったく不可能なことを、こんなにやすやすとやってのけるのですからね。 明智はツカツカと部屋の中へはいっ…


  • 20.巨人と怪人

    0 美術城の事件があってから半月ほどたった、ある日の午後、東京駅のプラットホームの人ごみの中に、ひとりのかわいらしい少年の姿が見えました。ほかならぬ小林芳雄君です。読者諸君にはおなじみの明智探偵の少年助手です。 小林君は…


  • 21.トランクとエレベーター

    0 名探偵は、プラットホームで賊をとらえようと思えば、なんのわけもなかったのです。どうして、この好機会を見のがしてしまったのでしょう。読者諸君は、くやしく思っているかもしれませんね。 しかし、これは名探偵の自信がどれほど…


  • 22.二十面相の逮捕

    0 「あ、明智さん、今、あなたをおたずねするところでした。あいつは、どこにいますか。」 明智探偵は、鉄道ホテルから五十メートルも歩いたか歩かぬかに、とつぜん呼びとめられて、立ちどまらなければなりませんでした。「ああ、今西…


  • 23.「わしがほんものじゃ」

    0 「この人でした。この人にちがいありません。」 小林君は、キッパリと答えました。「ハハハ……、どうだね、きみ、子どもの眼力にかかっちゃかなわんだろう。きみが、なんといいのがれようとしたって、もうだめだ。きみは二十面相に…


  • 24.二十面相の新弟子

    0 明智小五郎の住宅は、港区竜土町の閑静なやしき町にありました。名探偵は、まだ若くて美しい文代夫人と、助手の小林少年と、お手伝いさんひとりの、質素な暮らしをしているのでした。 明智探偵が、外務省からある友人の宅へたちよっ…


  • 25.名探偵の危急

    0 「ええ、なんだって、あの野郎をひっさらうんだって、そいつあおもしれえ。ねがってもないことだ。手つだわせてくんねえ。ぜひ手つだわせてくんねえ。で、それはいったい、いつのことなんだ。」 赤井寅三は、もうむちゅうになってた…


  • 26.怪盗の巣くつ

    0 賊の手下の美しい婦人と、乞食と、赤井寅三と、気をうしなった明智小五郎とを乗せた自動車は、さびしい町さびしい町とえらびながら、走りに走って、やがて、代々木の明治神宮を通りすぎ、暗い雑木林の中にポツンと建っている、一軒の…


  • 27.少年探偵団

    0 翌朝になっても明智探偵が帰宅しないものですから、るす宅は大さわぎになりました。 探偵が同伴して出かけた、事件依頼者の婦人の住所がひかえてありましたので、そこをしらべますと、そんな婦人なんか住んでいないことがわかりまし…


  • 28.午後四時

    0 少年探偵団のけなげな捜索は、日曜、月曜、火曜、水曜と、学校の余暇を利用して、忍耐強くつづけられましたが、いつまでたっても、これという手がかりはつかめませんでした。 しかし、東京中の何千人というおとなのおまわりさんにさ…


  • 29.名探偵の狼藉

    0 「え、え、きみは何をいっているんだ。何もぬすまれてなんかいやしないじゃないか。ぼくは、つい今しがた、この目で陳列室をずっと見まわってきたばかりなんだぜ。それに、博物館のまわりには、五十人の警官が配置してあるんだ。ぼく…


  • 30.種明し

    0 「ですが、わたしどもには、どうもわけがわからないのです。あれだけの美術品を、たった一日のあいだに、にせものとすりかえるなんて、人間わざでできることではありません。まあ、にせもののほうは、まえまえから、美術学生かなんか…


  • 31.怪盗捕縛

    0 「だが、明智君。」 警視総監は、説明が終わるのを待ちかまえていたように、明智探偵にたずねました。「きみはまるで、きみ自身が二十面相ででもあるように、美術品盗奪の順序をくわしく説明されたが、それはみんな、きみの想像なの…


この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。