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怪人二十面相

 江戸川乱歩著 出版:1936年

怪人二十面相は、1936年から連載された「少年探偵シリーズ」の第一作。

東京の至る所に現れ、宝石や美術品を盗む怪人二十面相。怪人二十面相には、必ず前もって予告状を送る奇妙な癖がった。怪人二十面相と明智小五郎、そしてその助手である小林少年と少年探偵団の活躍を描く第一作。

22.二十面相の逮捕

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「あ、明智さん、今、あなたをおたずねするところでした。あいつは、どこにいますか。」
 明智探偵は、鉄道ホテルから五十メートルも歩いたか歩かぬかに、とつぜん呼びとめられて、立ちどまらなければなりませんでした。
「ああ、今西君。」
 それは警視庁捜査課勤務の今西刑事でした。
「ごあいさつはあとにして、辻野と自称する男はどうしました。まさか逃がしておしまいになったのじゃありますまいね。」
「きみは、どうしてそれを知っているんです。」
「小林君がプラットホームでへんなことをしているのを見つけたのです。あの子どもは、じつに強情ですねえ。いくらたずねてもなかなか言わないのです。しかし、手をかえ品をかえて、とうとう白状させてしまいましたよ。あなたが外務省の辻野という男といっしょに、鉄道ホテルへはいられたこと、その辻野がどうやら二十面相の変装らしいことなどをね。さっそく外務省へ電話をかけてみましたが、辻野さんはちゃんと省にいるんです。そいつはにせものにちがいありません。そこで、あなたに応援するために、かけつけてきたというわけですよ。」
「それはご苦労さま、だが、あの男はもう帰ってしまいましたよ。」
「エッ、帰ってしまった? それじゃ、そいつは二十面相ではなかったのですか?」
「二十面相でした。なかなかおもしろい男ですねえ。」
「明智さん、明智さん、あなた何をじょうだん言っているんです。二十面相とわかっていながら、警察へ知らせもしないで、逃がしてやったとおっしゃるのですか。」
 今西刑事はあまりのことに、明智探偵の正気をうたがいたくなるほどでした。
「ぼくに少し考えがあるのです。」
 明智は、すまして答えます。
「考えがあるといって、そういうことを、一個人のあなたが、かってにきめてくださってはこまりますね。いずれにしても賊とわかっていながら、逃がすという手はありません。ぼくは職務としてやつを追跡しないわけにはいきません。やつはどちらへ行きました。自動車でしょうね。」
 刑事は、民間探偵のひとりぎめの処置を、しきりと憤慨しています。
「きみが追跡するというなら、それはご自由ですが、おそらくむだでしょうよ。」
「あなたのおさしずは受けません。ホテルへ行って自動車番号をしらべて、手配をします。」
「ああ、車の番号なら、ホテルへ行かなくても、ぼくが知ってますよ。一三八八七番です。」
「え、あなたは車の番号まで知っているんですか。そして、あとを追おうともなさらないのですか。」
 刑事はふたたびあっけにとられてしまいましたが、一刻をあらそうこのさい、無益な問答をつづけているわけにはいきません。番号を手帳に書きとめると、すぐ前にある交番へ、とぶように走っていきました。
 警察電話によって、このことが都内の各警察署へ、交番へと、またたく間につたえられました。
「一三八八七番をとらえよ。その車に二十面相が外務省の辻野氏に化けて乗っているのだ。」
 この命令が、東京全都のおまわりさんの心を、どれほどおどらせたことでしょう。われこそはその自動車をつかまえて、凶賊逮捕の名誉をになわんものと、交番という交番の警官が、目をさらのようにし、手ぐすね引いて待ちかまえたことは申すまでもありません。
 怪盗がホテルを出発してから、二十分もしたころ、幸運にも一三八八七番の自動車を発見したのは、新宿区戸塚町の交番に勤務している一警官でありました。
 それはまだ若くて、勇気に富んだおまわりさんでしたが、交番の前を、規定以上の速力で、矢のように走りぬけた一台の自動車を、ヒョイと見ると、その番号が一三八八七番だったのです。
 若いおまわりさんは、ハッとして、思わず武者ぶるいをしました。そして、そのあとから走ってくる空車を、呼びとめるなり、とびのって、
「あの車だッ、あの車に有名な二十面相が乗っているんだ。走ってくれ。スピードはいくら出してもかまわん、エンジンが破裂するまで走ってくれッ。」
とさけぶのでした。
 しあわせと、その自動車の運転手がまた、心きいた若者でした。車は新しく、エンジンに申しぶんはありません。走る、走る、まるで鉄砲玉みたいに走りだしたのです。
 悪魔のように疾走する二台の自動車は、道行く人の目を見はらせないではおきませんでした。
 見れば、うしろの車には、ひとりのおまわりさんが、および腰になって、一心不乱に前方を見つめ、何か大声にわめいているではありませんか。
「捕り物だ、捕り物だ!」
 弥次馬がさけびながら、車といっしょにかけだします。それにつれて犬がほえる。歩いていた群衆がみな立ちどまってしまうというさわぎです。
 しかし、自動車は、それらの光景をあとに見すてて、通り魔のように、ただ、先へ先へととんでいきます。
 いく台の自動車を追いぬいたことでしょう。いくたび自動車にぶつかりそうになって、あやうくよけたことでしょう。
 細い道ではスピードが出せないものですから、賊の車は大環状線に出て、王子の方角に向かって疾走しはじめました。賊はむろん追跡を気づいてます。しかし、どうすることもできないのです。白昼の都内では、車をとびおりて身をかくすなんて芸当は、できっこありません。
 池袋をすぎたころ、前の車からパーンというはげしい音響が聞こえました。アア、賊はとうとうがまんしきれなくなって、例のポケットのピストルを取りだしたのでしょうか。
 いや、いや、そうではなかったのです。西洋のギャング映画ではありません。にぎやかな町のなかで、ピストルなどうってみたところで、今さらのがれられるものではないのです。
 ピストルではなくて、車輪のパンクした音でした。賊の運がつきたのです。
 それでも、しばらくのあいだは、むりに車を走らせていましたが、いつしか速度がにぶり、ついにおまわりさんの自動車に追いぬかれてしまいました。逃げる行く手にあたって、自動車を横にされては、もうどうすることもできません。
 車は二台ともとまりました。たちまちそのまわりに黒山の人だかり。やがて付近のおまわりさんもかけつけてきます。
 ああ、読者諸君、辻野氏は、とうとうつかまってしまいました。
「二十面相だ、二十面相だ!」
 だれいうとなく、群衆のあいだにそんな声がおこりました。
 賊は、付近からかけつけた、ふたりのおまわりさんと、戸塚の交番の若いおまわりさんと、三人にまわりをとりまかれ、しかりつけられて、もう抵抗する力もなくうなだれています。
「二十面相がつかまった!」
「なんて、ふてぶてしいつらをしているんだろう。」
「でも、あのおまわりさん、えらいわねえ。」
「おまわりさん、ばんざーい。」
 群衆の中にまきおこる歓声の中を、警官と賊とは、追跡してきた車に同乗して、警視庁へと急ぎます。管轄の警察署に留置するには、あまりに大物だからです。
 警視庁に到着して、ことのしだいが判明しますと、庁内にはドッと歓声がわきあがりました。手をやいていた希代の凶賊が、なんと思いがけなくつかまったことでしょう。これというのも、今西刑事の機敏な処置と、戸塚署の若い警官の奮戦のおかげだというので、ふたりは胴あげされんばかりの人気です。
 この報告を聞いて、だれよりも喜んだのは、中村捜査係長でした。係長は羽柴家の事件のさい、賊のためにまんまと出しぬかれたうらみを、わすれることができなかったからです。
 さっそく調べ室で、げんじゅうな取りしらべがはじめられました。相手は、変装の名人のことですから、だれも顔を見知ったものがありません。何よりも先に、人ちがいでないかどうかをたしかめるために、証人を呼びださなければなりませんでした。
 明智小五郎の自宅に電話がかけられました。しかし、ちょうどそのとき、名探偵は外務省に出むいて、るす中でしたので、かわりに小林少年が出頭することになりました。
 やがてほどもなく、いかめしい調べ室に、りんごのようなほおの、かわいらしい小林少年があらわれました。そして、賊の姿を一目見るやいなや、これこそ、外務省の辻野氏と偽名した、あの人物にちがいないと証言しました。

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  • 1.はしがき

    0 そのころ、東京中の町という町、家という家では、ふたり以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました。「二十面相」というのは、毎日毎日、新聞記事をにぎわして…


  • 2.鉄のわな

    0 麻布の、とあるやしき町に、百メートル四方もあるような大邸宅があります。 四メートルぐらいもありそうな、高い高いコンクリート塀が、ズーッと、目もはるかにつづいています。いかめしい鉄のとびらの門をはいると、大きなソテツが…


  • 3.人か魔か

    0 その午後には、羽柴一家総動員をして、帰朝の壮一君を、羽田空港に出むかえました。 飛行機からおりたった壮一君は、予期にたがわず、じつにさっそうたる姿でした。こげ茶色の薄がいとうを小わきにして、同じ色のダブル・ボタンの背…


  • 4.魔法使い

    0 しばらくのあいだ、ふたりともだまりこくって、青ざめた顔を、見あわせるばかりでしたが、やっと壮太郎氏は、さもいまいましそうに、「ふしぎだ。」と、つぶやきました。「ふしぎですね。」 壮一君も、おうむがえしに同じことをつぶ…


  • 5.池の中

    0 賊がピストルを投げだして、外へとびおりたのを見ると、壮太郎氏はすぐさま、窓のところへかけつけ、暗い庭を見おろしました。 暗いといっても、庭には、ところどころに、公園の常夜燈のような、電燈がついているので、人の姿が見え…


  • 6.樹上の怪人

    0 それから、池の岸で、どんなことがおこったかは、しばらく読者諸君のご想像にまかせます。 五―六分ののちには、以前の松野運転手が、なにごともなかったように、同じ池の岸に立っておりました。少し息づかいがはげしいようです。そ…


  • 7.壮二君のゆくえ

    0 松野の語ったところによりますと、けっきょく、賊は、つぎのようなとっぴな手段によって、まんまと追っ手の目をくらまし、大ぜいの見ている中をやすやすと逃げさったことがわかりました。 人々に追いまわされている間に、賊は庭の池…


  • 8.少年探偵

    0 青年運転手を帰すと、ただちに、主人の壮太郎氏夫妻、近藤老人、それに、学校の用務員さんに送られて、車をとばして帰ってきた早苗さんもくわわって、奥まった部屋に、善後処置の相談がひらかれました。もうぐずぐずしてはいられない…


  • 9.仏像の奇跡

    0 さて、お話はとんで、その夜のできごとにうつります。 午後十時、約束をたがえず、二十面相の部下の三人のあらくれ男が、あけはなったままの、羽柴家の門をくぐりました。 盗人たちは、玄関に立っている秘書などをしりめに、「お約…


  • 10.おとしあな

    0 さすがの怪盗も、これには胆をつぶしました。相手が人間ならばいくらピストルを向けられてもおどろくような賊ではありませんが、古い古い鎌倉時代の観音さまが、いきなり動きだしたのですから、びっくりしないではいられません。 び…


  • 11.七つ道具

    0 小林少年はほとんど二十分ほどのあいだ、地底の暗やみの中で、ついらくしたままの姿勢で、じっとしていました。ひどく腰を打ったものですから、痛さに身動きする気にもなれなかったのです。 そのまに、天井では、二十面相がさんざん…


  • 12.伝書バト

    0 小林少年はふと目をさますと、部屋のようすが、いつもの探偵事務所の寝室とちがっているので、びっくりしましたが、たちまちゆうべのできごとを思いだしました。「ああ、地下室に監禁されていたんだっけ。でも、地下室にしちゃあ、へ…


  • 13.奇妙な取りひき

    0 「少年探偵さん、どうだったね、ゆうべの寝ごこちは。ハハハ……、おや、窓になんだか黒いひもがぶらさがっているじゃないか。ははあ、用意のなわばしごというやつだね。感心、感心、きみは、じつに考えぶかい子どもだねえ。だが、そ…


  • 14.小林少年の勝利

    0 二十面相は、おとし戸のところにしゃがんだまま、今、とりあげたばかりのピストルを、手のひらの上でピョイピョイとはずませながら、とくいの絶頂でした。そして、なおも小林少年をからかってたのしもうと、何かいいかけたときでした…


  • 15.おそろしき挑戦状

    0 戸山ヶ原の廃屋の捕り物があってから二時間ほどのち、警視庁の陰気な調べ室で、怪盗二十面相の取り調べがおこなわれました。なんの飾りもない、うす暗い部屋に机が一脚、そこに中村捜査係長と老人に変装したままの怪盗と、ふたりきり…


  • 16.美術城

    0 伊豆半島の修善寺温泉から四キロほど南、下田街道にそった山の中に、谷口村というごくさびしい村があります。その村はずれの森の中に、みょうなお城のようないかめしいやしきが建っているのです。 まわりには高い土塀をきずき、土塀…


  • 17.名探偵明智小五郎

    0 ネズミ色のトンビに身をつつんだ、小がらの左門老人が、長い坂道をチョコチョコと走らんばかりにして、富士屋旅館についたのは、もう午後一時ごろでした。「明智小五郎先生は?」とたずねますと、裏の谷川へ魚釣りに出かけられました…


  • 18.不安の一夜

    0  日下部左門老人が、修善寺でやとった自動車をとばして、谷口村の「お城」へ帰ってから、三十分ほどして、明智小五郎の一行が到着しました。 一行は、ピッタリと身にあう黒の洋服に着かえた明智探偵のほかに、背広服のくっきょうな…


  • 19.悪魔の知恵

    0 ああ、またしてもありえないことがおこったのです。二十面相というやつは、人間ではなくて、えたいのしれないお化けです。まったく不可能なことを、こんなにやすやすとやってのけるのですからね。 明智はツカツカと部屋の中へはいっ…


  • 20.巨人と怪人

    0 美術城の事件があってから半月ほどたった、ある日の午後、東京駅のプラットホームの人ごみの中に、ひとりのかわいらしい少年の姿が見えました。ほかならぬ小林芳雄君です。読者諸君にはおなじみの明智探偵の少年助手です。 小林君は…


  • 21.トランクとエレベーター

    0 名探偵は、プラットホームで賊をとらえようと思えば、なんのわけもなかったのです。どうして、この好機会を見のがしてしまったのでしょう。読者諸君は、くやしく思っているかもしれませんね。 しかし、これは名探偵の自信がどれほど…


  • 22.二十面相の逮捕

    0 「あ、明智さん、今、あなたをおたずねするところでした。あいつは、どこにいますか。」 明智探偵は、鉄道ホテルから五十メートルも歩いたか歩かぬかに、とつぜん呼びとめられて、立ちどまらなければなりませんでした。「ああ、今西…


  • 23.「わしがほんものじゃ」

    0 「この人でした。この人にちがいありません。」 小林君は、キッパリと答えました。「ハハハ……、どうだね、きみ、子どもの眼力にかかっちゃかなわんだろう。きみが、なんといいのがれようとしたって、もうだめだ。きみは二十面相に…


  • 24.二十面相の新弟子

    0 明智小五郎の住宅は、港区竜土町の閑静なやしき町にありました。名探偵は、まだ若くて美しい文代夫人と、助手の小林少年と、お手伝いさんひとりの、質素な暮らしをしているのでした。 明智探偵が、外務省からある友人の宅へたちよっ…


  • 25.名探偵の危急

    0 「ええ、なんだって、あの野郎をひっさらうんだって、そいつあおもしれえ。ねがってもないことだ。手つだわせてくんねえ。ぜひ手つだわせてくんねえ。で、それはいったい、いつのことなんだ。」 赤井寅三は、もうむちゅうになってた…


  • 26.怪盗の巣くつ

    0 賊の手下の美しい婦人と、乞食と、赤井寅三と、気をうしなった明智小五郎とを乗せた自動車は、さびしい町さびしい町とえらびながら、走りに走って、やがて、代々木の明治神宮を通りすぎ、暗い雑木林の中にポツンと建っている、一軒の…


  • 27.少年探偵団

    0 翌朝になっても明智探偵が帰宅しないものですから、るす宅は大さわぎになりました。 探偵が同伴して出かけた、事件依頼者の婦人の住所がひかえてありましたので、そこをしらべますと、そんな婦人なんか住んでいないことがわかりまし…


  • 28.午後四時

    0 少年探偵団のけなげな捜索は、日曜、月曜、火曜、水曜と、学校の余暇を利用して、忍耐強くつづけられましたが、いつまでたっても、これという手がかりはつかめませんでした。 しかし、東京中の何千人というおとなのおまわりさんにさ…


  • 29.名探偵の狼藉

    0 「え、え、きみは何をいっているんだ。何もぬすまれてなんかいやしないじゃないか。ぼくは、つい今しがた、この目で陳列室をずっと見まわってきたばかりなんだぜ。それに、博物館のまわりには、五十人の警官が配置してあるんだ。ぼく…


  • 30.種明し

    0 「ですが、わたしどもには、どうもわけがわからないのです。あれだけの美術品を、たった一日のあいだに、にせものとすりかえるなんて、人間わざでできることではありません。まあ、にせもののほうは、まえまえから、美術学生かなんか…


  • 31.怪盗捕縛

    0 「だが、明智君。」 警視総監は、説明が終わるのを待ちかまえていたように、明智探偵にたずねました。「きみはまるで、きみ自身が二十面相ででもあるように、美術品盗奪の順序をくわしく説明されたが、それはみんな、きみの想像なの…


この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。