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怪人二十面相

 江戸川乱歩著 出版:1936年

怪人二十面相は、1936年から連載された「少年探偵シリーズ」の第一作。

東京の至る所に現れ、宝石や美術品を盗む怪人二十面相。怪人二十面相には、必ず前もって予告状を送る奇妙な癖がった。怪人二十面相と明智小五郎、そしてその助手である小林少年と少年探偵団の活躍を描く第一作。

28.午後四時

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少年探偵団のけなげな捜索は、日曜、月曜、火曜、水曜と、学校の余暇を利用して、忍耐強くつづけられましたが、いつまでたっても、これという手がかりはつかめませんでした。
 しかし、東京中の何千人というおとなのおまわりさんにさえ、どうすることもできないほどの難事件です。手がかりがえられなかったといって、けっして、少年捜索隊の無能のせいではありません。それに、これらの勇ましい少年たちは、後日、またどのような手がらをたてないものでもないのです。
 明智探偵ゆくえ不明のまま、おそろしい十二月十日は、一日一日とせまってきました。警視庁の人たちは、もういてもたってもいられない気持です。なにしろ盗難を予告された品物が、国家の宝物というのですから、捜査課長や、ちょくせつ二十面相の事件に関係している中村係長などは、心配のためにやせほそる思いでした。
 ところが、問題の日の二日前、十二月八日には、またまた世間のさわぎを大きくするようなできごとがおこったのです。というのは、その日の東京毎日新聞の社会面に、二十面相からの投書が、れいれいしく掲載されたことでした。
 東京毎日新聞は、べつに賊の機関新聞というわけではありませんが、このさわぎの中心になっている二十面相その人からの投書とあっては、問題にしないわけにはいきません。ただちに、編集会議までひらいて、けっきょく、その全文をのせることにしたのです。
 それは長い文章でしたが、意味をかいつまんでしるしますと、

「わたしはかねて、博物館襲撃の日を十二月十日と予告しておいたが、もっと正確に約束するほうが、いっそう男らしいと感じたので、ここに東京都民諸君の前に、その時間を通告する。
 それは『十二月十日午後四時』である。
 博物館長も警視総監も、できるかぎりの警戒をしていただきたい。警戒がげんじゅうであればあるほど、わたしの冒険はそのかがやきをますであろう。」

 ああ、なんたることでしょう。日づけを予告するだけでも、おどろくべき大胆さですのに、そのうえ時間まではっきりと公表してしまったのです。そして、博物館長や警視総監に失礼せんばんな注意まであたえているのです。
 これを読んだ都民のおどろきは申すまでもありません。今までは、そんなばかばかしいことがと、あざわらっていた人々も、もう笑えなくなりました。
 当時の博物館長は、史学界の大先輩、北小路文学博士でしたが、そのえらい老学者さえも、賊の予告を本気にしないではいられなくなって、わざわざ警視庁に出向き、警戒方法について、警視総監といろいろ打ちあわせをしました。
 いや、そればかりではありません。二十面相のことは、国務大臣方の閣議の話題にさえ、のぼりました。中でも総理大臣や法務大臣などは、心配のあまり、警視総監を別室にまねいて、激励のことばをあたえたほどです。
 そして、全都民の不安のうちに、むなしく日がたって、とうとう十二月十日となりました。
 国立博物館では、その日は早朝から、館長の北小路老博士をはじめとして、三人の係長、十人の書記、十六人の守衛や小使いが、ひとり残らず出勤して、それぞれ警戒の部署につきました。
 むろん当日は、表門をとじて、観覧禁止です。
 警視庁からは、中村捜査係長のひきいる選りすぐった警官隊五十人が出張して、博物館の表門、裏門、塀のまわり、館内の要所要所にがんばって、アリのはいいるすきまもない大警戒陣です。
 午後三時半、あますところわずかに三十分、警戒陣はものものしく殺気だってきました。
 そこへ警視庁の大型自動車が到着して、警視総監が、刑事部長をしたがえてあらわれました。総監は、心配のあまり、もうじっとしていられなくなったのです。総監自身の目で、博物館を見守っていなければ、がまんができなくなったのです。
 総監たちは一同の警戒ぶりを視察したうえ、館長室に通って北小路博士に面会しました。
「わざわざ、あなたがお出かけくださるとは思いませんでした。恐縮です。」
 老博士があいさつしますと、総監は、少しきまりわるそうに笑ってみせました。
「いや、おはずかしいことですが、じっとしていられませんでね。たかが一盗賊のために、これほどのさわぎをしなければならないとは、じつに恥辱です。わしは警視庁にはいって以来、こんなひどい恥辱を受けたことははじめてです。」
「アハハ……。」老博士は力なく笑って、「わたしも同様です。あの青二才の盗賊のために、一週間というもの、不眠症にかかっておるのですからな。」
「しかし、もうあますところ二十分ほどですよ。え、北小路さん、まさか二十分のあいだに、このげんじゅうな警戒をやぶって、たくさんの美術品をぬすみだすなんて、いくら魔法使いでも、少しむずかしい芸当じゃありますまいか。」
「わかりません。わしには魔法使いのことはわかりません。ただ一刻も早く四時がすぎさってくれればよいと思うばかりです。」
 老博士は、おこったような口調でいいました。あまりのことに、二十面相の話をするのも腹だたしいのでしょう。
 室内の三人は、それきりだまりこんで、ただ壁の時計とにらめっこするばかりでした。
 金モールいかめしい制服につつまれた、相撲とりのようにりっぱな体格の警視総監、中肉中背で、八字ひげの美しい刑事部長、背広姿でツルのようにやせた白髪白髯の北小路博士、その三人がそれぞれ安楽イスにこしかけて、チラチラと、時計の針をながめているようすは、ものものしいというよりは、何かしら奇妙な、場所にそぐわぬ光景でした。そうして十数分が経過したとき、沈黙にたえかねた刑事部長が、とつぜん口を切りました。
「ああ、明智君は、いったいどうしているんでしょうね。わたしは、あの男とは懇意にしていたんですが、どうもふしぎですよ。今までの経験から考えても、こんな失策をやる男ではないのですがね。」
 そのことばに、総監は太ったからだをねじまげるようにして、部下の顔を見ました。
「きみたちは、明智明智と、まるであの男を崇拝でもしているようなことをいうが、ぼくは不賛成だね。いくらえらいといっても、たかが一民間探偵じゃないか。どれほどのことができるものか。ひとりの力で二十面相をとらえてみせるなどといっていたそうだが、広言がすぎるよ。こんどの失敗は、あの男にはよい薬じゃろう。」
「ですが、明智君のこれまでの功績を考えますと、いちがいにそうもいいきれないのです。今も外で中村君と話したことですが、こんなさい、あの男がいてくれたらと思いますよ。」
 刑事部長のことばが終わるか終わらぬときでした。館長室のドアがしずかにひらかれて、ひとりの人物があらわれました。
「明智はここにおります。」
 その人物がにこにこ笑いながら、よく通る声でいったのです。
「おお、明智君!」
 刑事部長がイスからとびあがってさけびました。
 それは、かっこうのよい黒の背広をピッタリと身につけ、頭の毛をモジャモジャにした、いつにかわらぬ明智小五郎その人でした。
「明智君、きみはどうして……。」
「それはあとでお話します。今は、もっとたいせつなことがあるのです。」
「むろん、美術品の盗難はふせがなくてはならんが。」
「いや、それはもうおそいのです。ごらんなさい。約束の時間は過ぎました。」
 明智のことばに、館長も、総監も、刑事部長もいっせいに壁の電気時計を見あげました。いかにも、長針はもう十二時のところをすぎているのです。
「おやおや、すると二十面相は、うそをついたわけかな。館内には、べつに異状もないようだが……。」
「ああ、そうです。約束の四時はすぎたのです。あいつ、やっぱり手出しができなかったのです。」
 刑事部長が凱歌をあげるようにさけびました。
「いや、賊は約束を守りました。この博物館は、もうからっぽも同様です。」
 明智が、おもおもしい口調でいいました。

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  • 1.はしがき

    0 そのころ、東京中の町という町、家という家では、ふたり以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました。「二十面相」というのは、毎日毎日、新聞記事をにぎわして…


  • 2.鉄のわな

    0 麻布の、とあるやしき町に、百メートル四方もあるような大邸宅があります。 四メートルぐらいもありそうな、高い高いコンクリート塀が、ズーッと、目もはるかにつづいています。いかめしい鉄のとびらの門をはいると、大きなソテツが…


  • 3.人か魔か

    0 その午後には、羽柴一家総動員をして、帰朝の壮一君を、羽田空港に出むかえました。 飛行機からおりたった壮一君は、予期にたがわず、じつにさっそうたる姿でした。こげ茶色の薄がいとうを小わきにして、同じ色のダブル・ボタンの背…


  • 4.魔法使い

    0 しばらくのあいだ、ふたりともだまりこくって、青ざめた顔を、見あわせるばかりでしたが、やっと壮太郎氏は、さもいまいましそうに、「ふしぎだ。」と、つぶやきました。「ふしぎですね。」 壮一君も、おうむがえしに同じことをつぶ…


  • 5.池の中

    0 賊がピストルを投げだして、外へとびおりたのを見ると、壮太郎氏はすぐさま、窓のところへかけつけ、暗い庭を見おろしました。 暗いといっても、庭には、ところどころに、公園の常夜燈のような、電燈がついているので、人の姿が見え…


  • 6.樹上の怪人

    0 それから、池の岸で、どんなことがおこったかは、しばらく読者諸君のご想像にまかせます。 五―六分ののちには、以前の松野運転手が、なにごともなかったように、同じ池の岸に立っておりました。少し息づかいがはげしいようです。そ…


  • 7.壮二君のゆくえ

    0 松野の語ったところによりますと、けっきょく、賊は、つぎのようなとっぴな手段によって、まんまと追っ手の目をくらまし、大ぜいの見ている中をやすやすと逃げさったことがわかりました。 人々に追いまわされている間に、賊は庭の池…


  • 8.少年探偵

    0 青年運転手を帰すと、ただちに、主人の壮太郎氏夫妻、近藤老人、それに、学校の用務員さんに送られて、車をとばして帰ってきた早苗さんもくわわって、奥まった部屋に、善後処置の相談がひらかれました。もうぐずぐずしてはいられない…


  • 9.仏像の奇跡

    0 さて、お話はとんで、その夜のできごとにうつります。 午後十時、約束をたがえず、二十面相の部下の三人のあらくれ男が、あけはなったままの、羽柴家の門をくぐりました。 盗人たちは、玄関に立っている秘書などをしりめに、「お約…


  • 10.おとしあな

    0 さすがの怪盗も、これには胆をつぶしました。相手が人間ならばいくらピストルを向けられてもおどろくような賊ではありませんが、古い古い鎌倉時代の観音さまが、いきなり動きだしたのですから、びっくりしないではいられません。 び…


  • 11.七つ道具

    0 小林少年はほとんど二十分ほどのあいだ、地底の暗やみの中で、ついらくしたままの姿勢で、じっとしていました。ひどく腰を打ったものですから、痛さに身動きする気にもなれなかったのです。 そのまに、天井では、二十面相がさんざん…


  • 12.伝書バト

    0 小林少年はふと目をさますと、部屋のようすが、いつもの探偵事務所の寝室とちがっているので、びっくりしましたが、たちまちゆうべのできごとを思いだしました。「ああ、地下室に監禁されていたんだっけ。でも、地下室にしちゃあ、へ…


  • 13.奇妙な取りひき

    0 「少年探偵さん、どうだったね、ゆうべの寝ごこちは。ハハハ……、おや、窓になんだか黒いひもがぶらさがっているじゃないか。ははあ、用意のなわばしごというやつだね。感心、感心、きみは、じつに考えぶかい子どもだねえ。だが、そ…


  • 14.小林少年の勝利

    0 二十面相は、おとし戸のところにしゃがんだまま、今、とりあげたばかりのピストルを、手のひらの上でピョイピョイとはずませながら、とくいの絶頂でした。そして、なおも小林少年をからかってたのしもうと、何かいいかけたときでした…


  • 15.おそろしき挑戦状

    0 戸山ヶ原の廃屋の捕り物があってから二時間ほどのち、警視庁の陰気な調べ室で、怪盗二十面相の取り調べがおこなわれました。なんの飾りもない、うす暗い部屋に机が一脚、そこに中村捜査係長と老人に変装したままの怪盗と、ふたりきり…


  • 16.美術城

    0 伊豆半島の修善寺温泉から四キロほど南、下田街道にそった山の中に、谷口村というごくさびしい村があります。その村はずれの森の中に、みょうなお城のようないかめしいやしきが建っているのです。 まわりには高い土塀をきずき、土塀…


  • 17.名探偵明智小五郎

    0 ネズミ色のトンビに身をつつんだ、小がらの左門老人が、長い坂道をチョコチョコと走らんばかりにして、富士屋旅館についたのは、もう午後一時ごろでした。「明智小五郎先生は?」とたずねますと、裏の谷川へ魚釣りに出かけられました…


  • 18.不安の一夜

    0  日下部左門老人が、修善寺でやとった自動車をとばして、谷口村の「お城」へ帰ってから、三十分ほどして、明智小五郎の一行が到着しました。 一行は、ピッタリと身にあう黒の洋服に着かえた明智探偵のほかに、背広服のくっきょうな…


  • 19.悪魔の知恵

    0 ああ、またしてもありえないことがおこったのです。二十面相というやつは、人間ではなくて、えたいのしれないお化けです。まったく不可能なことを、こんなにやすやすとやってのけるのですからね。 明智はツカツカと部屋の中へはいっ…


  • 20.巨人と怪人

    0 美術城の事件があってから半月ほどたった、ある日の午後、東京駅のプラットホームの人ごみの中に、ひとりのかわいらしい少年の姿が見えました。ほかならぬ小林芳雄君です。読者諸君にはおなじみの明智探偵の少年助手です。 小林君は…


  • 21.トランクとエレベーター

    0 名探偵は、プラットホームで賊をとらえようと思えば、なんのわけもなかったのです。どうして、この好機会を見のがしてしまったのでしょう。読者諸君は、くやしく思っているかもしれませんね。 しかし、これは名探偵の自信がどれほど…


  • 22.二十面相の逮捕

    0 「あ、明智さん、今、あなたをおたずねするところでした。あいつは、どこにいますか。」 明智探偵は、鉄道ホテルから五十メートルも歩いたか歩かぬかに、とつぜん呼びとめられて、立ちどまらなければなりませんでした。「ああ、今西…


  • 23.「わしがほんものじゃ」

    0 「この人でした。この人にちがいありません。」 小林君は、キッパリと答えました。「ハハハ……、どうだね、きみ、子どもの眼力にかかっちゃかなわんだろう。きみが、なんといいのがれようとしたって、もうだめだ。きみは二十面相に…


  • 24.二十面相の新弟子

    0 明智小五郎の住宅は、港区竜土町の閑静なやしき町にありました。名探偵は、まだ若くて美しい文代夫人と、助手の小林少年と、お手伝いさんひとりの、質素な暮らしをしているのでした。 明智探偵が、外務省からある友人の宅へたちよっ…


  • 25.名探偵の危急

    0 「ええ、なんだって、あの野郎をひっさらうんだって、そいつあおもしれえ。ねがってもないことだ。手つだわせてくんねえ。ぜひ手つだわせてくんねえ。で、それはいったい、いつのことなんだ。」 赤井寅三は、もうむちゅうになってた…


  • 26.怪盗の巣くつ

    0 賊の手下の美しい婦人と、乞食と、赤井寅三と、気をうしなった明智小五郎とを乗せた自動車は、さびしい町さびしい町とえらびながら、走りに走って、やがて、代々木の明治神宮を通りすぎ、暗い雑木林の中にポツンと建っている、一軒の…


  • 27.少年探偵団

    0 翌朝になっても明智探偵が帰宅しないものですから、るす宅は大さわぎになりました。 探偵が同伴して出かけた、事件依頼者の婦人の住所がひかえてありましたので、そこをしらべますと、そんな婦人なんか住んでいないことがわかりまし…


  • 28.午後四時

    0 少年探偵団のけなげな捜索は、日曜、月曜、火曜、水曜と、学校の余暇を利用して、忍耐強くつづけられましたが、いつまでたっても、これという手がかりはつかめませんでした。 しかし、東京中の何千人というおとなのおまわりさんにさ…


  • 29.名探偵の狼藉

    0 「え、え、きみは何をいっているんだ。何もぬすまれてなんかいやしないじゃないか。ぼくは、つい今しがた、この目で陳列室をずっと見まわってきたばかりなんだぜ。それに、博物館のまわりには、五十人の警官が配置してあるんだ。ぼく…


  • 30.種明し

    0 「ですが、わたしどもには、どうもわけがわからないのです。あれだけの美術品を、たった一日のあいだに、にせものとすりかえるなんて、人間わざでできることではありません。まあ、にせもののほうは、まえまえから、美術学生かなんか…


  • 31.怪盗捕縛

    0 「だが、明智君。」 警視総監は、説明が終わるのを待ちかまえていたように、明智探偵にたずねました。「きみはまるで、きみ自身が二十面相ででもあるように、美術品盗奪の順序をくわしく説明されたが、それはみんな、きみの想像なの…


この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。