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怪人二十面相

 江戸川乱歩著 出版:1936年

怪人二十面相は、1936年から連載された「少年探偵シリーズ」の第一作。

東京の至る所に現れ、宝石や美術品を盗む怪人二十面相。怪人二十面相には、必ず前もって予告状を送る奇妙な癖がった。怪人二十面相と明智小五郎、そしてその助手である小林少年と少年探偵団の活躍を描く第一作。

4.魔法使い

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しばらくのあいだ、ふたりともだまりこくって、青ざめた顔を、見あわせるばかりでしたが、やっと壮太郎氏は、さもいまいましそうに、
「ふしぎだ。」
と、つぶやきました。
「ふしぎですね。」
 壮一君も、おうむがえしに同じことをつぶやきました。しかし、みょうなことに、壮一君は、いっこうおどろいたり、心配したりしているようすがありません。くちびるのすみに、なんだかうす笑いのかげさえ見えます。
「戸じまりに異状はないし、それに、だれかがはいってくれば、このわしの目にうつらぬはずはない。まさか、賊は幽霊のように、ドアのかぎ穴から出はいりしたわけではなかろうからね。」
「そうですとも、いくら二十面相でも、幽霊に化けることはできますまい。」
「すると、この部屋にいて、ダイヤモンドに手をふれることができたものは、わしとおまえのほかにはないのだ。」
 壮太郎氏は、何かうたがわしげな表情で、じっとわが子の顔を見つめました。
「そうです。あなたかぼくのほかにはありません。」
 壮一君のうす笑いがだんだんはっきりして、にこにこと笑いはじめたのです。
「おい、壮一、おまえ何を笑っているのだ。何がおかしいのだ。」
 壮太郎氏はハッとしたように、顔色をかえてどなりました。
「ぼくは賊の手なみに感心しているのですよ。彼はやっぱりえらいですなあ。ちゃんと約束を守ったじゃありませんか。十重二十重の警戒を、もののみごとに突破したじゃありませんか。」
「こら、よさんか。おまえはまた賊をほめあげている。つまり、賊に出しぬかれたわしの顔がおかしいとでもいうのか。」
「そうですよ。あなたがそうして、うろたえているようすが、じつにゆかいなんですよ。」
 ああ、これが子たるものの父にたいすることばでしょうか。壮太郎氏はおこるよりも、あっけにとられてしまいました。そして、今、目の前にニヤニヤ笑っている青年が、自分のむすこではなく、何かしら、えたいのしれない人間に見えてきました。
「壮一、そこを動くんじゃないぞ。」
 壮太郎氏は、こわい顔をしてむすこをにらみつけながら、呼びりんをおすために、部屋の一方の壁に近づこうとしました。
「羽柴さん、あなたこそ動いてはいけませんね。」
 おどろいたことには、子が父を羽柴さんと呼びました。そして、ポケットから小型のピストルをとりだすと、その手をひくくわきにあてて、じっとおとうさんにねらいをさだめたではありませんか。顔はやっぱりニヤニヤと笑っているのです。
 壮太郎氏は、ピストルを見ると、立ちすくんだまま、動けなくなりました。
「人を呼んではいけません。声をおたてになれば、ぼくは、かまわず引き金をひきますよ。」
「きさまはいったい何者だ。もしや……。」
「ハハハ……、やっとおわかりになったようですね。ご安心なさい。ぼくは、あなたのむすこの壮一君じゃありません。お察しのとおり、あなた方が二十面相と呼んでいる盗賊です。」
 壮太郎氏はお化けでも見るように、相手の顔を見つめました。どうしても、とけないなぞがあったからです。では、あのボルネオ島からの手紙は、だれが書いたのだ。あの写真はだれの写真なのだ。
「ハハハ……、二十面相は童話の中の魔法使いです。だれにでもできないことを、実行してみせるのです。羽柴さん、ダイヤモンドをちょうだいしたお礼に、種明しをしましょうか。」
 怪青年は身の危険を知らぬように、落ちつきはらって説明しました。
「ぼくは、壮一君のゆくえ不明になっていることをさぐりだしました。同君の家出以前の写真も手に入れました。そして、十年のあいだに、壮一君がどんな顔にかわるかということを想像して、まあ、こんな顔をつくりあげたのです。」
 彼はそういって、自分のほおをピタピタとたたいてみせました。
「ですから、あの写真は、ほかでもない、このぼくの写真なのです。手紙もぼくが書きました。そして、ボルネオ島にいるぼくの友だちに、あの手紙と写真を送って、そこからあなたあてに郵送させたわけですよ。お気のどくですが、壮一君はいまだにゆくえ不明なのです。ボルネオ島なんかにいやしないのです。あれはすっかり、はじめからおしまいまで、この二十面相のしくんだお芝居ですよ。」
 羽柴一家の人々は、おとうさまもおかあさまも、なつかしい長男が帰ったという喜びに、とりのぼせて、そこにこんなおそろしいカラクリがあろうとは、まったく思いもおよばなかったのでした。
「ぼくは忍術使いです。」
 二十面相は、さも、とくいらしくつづけました。
「わかりますか。ホラ、さっきのピンポンの玉です。あれが忍術の種なんです。あれはぼくがポケットからじゅうたんの上にほうりだしたのですよ。あなたは、少しのあいだ玉に気をとられていました。机の下をのぞきこんだりしました。そのすきに宝石箱の中から、ダイヤモンドをとりだすのは、なんのぞうさもないことでした。ハハハ……、では、さようなら。」
 賊はピストルをかまえながら、あとずさりをしていって、左手で、かぎ穴にはめたままになっていたかぎをまわし、サッとドアをひらくと、廊下へとびだしました。
 廊下には、庭にめんして窓があります。賊はその掛け金をはずして、ガラス戸をひらき、ヒラリと窓わくにまたがったかと思うと、
「これ、壮二君のおもちゃにあげてください。ぼくは人殺しなんてしませんよ。」
といいながら、ピストルを部屋の中へ投げこんで、そのまま姿を消してしまいました。二階から庭へととびおりたのです。
 壮太郎氏は、またしても出しぬかれました。
 ピストルはおもちゃだったのです。さいぜんから、おもちゃのピストルにおびえて、人を呼ぶこともできなかったのです。
 しかし、読者諸君はご記憶でしょう。賊のとびおりた窓というのは、少年壮二君が、夢にみたあの窓です。その下には、壮二君がしかけておいた鉄のわなが、のこぎりのような口をひらいて、えものをまちかまえているはずです。夢は正夢でした。すると、もしかしたら、あのわなも何かの役にたつのではありますまいか。
 ああ、もしかしたら!

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  • 1.はしがき

    0 そのころ、東京中の町という町、家という家では、ふたり以上の人が顔をあわせさえすれば、まるでお天気のあいさつでもするように、怪人「二十面相」のうわさをしていました。「二十面相」というのは、毎日毎日、新聞記事をにぎわして…


  • 2.鉄のわな

    0 麻布の、とあるやしき町に、百メートル四方もあるような大邸宅があります。 四メートルぐらいもありそうな、高い高いコンクリート塀が、ズーッと、目もはるかにつづいています。いかめしい鉄のとびらの門をはいると、大きなソテツが…


  • 3.人か魔か

    0 その午後には、羽柴一家総動員をして、帰朝の壮一君を、羽田空港に出むかえました。 飛行機からおりたった壮一君は、予期にたがわず、じつにさっそうたる姿でした。こげ茶色の薄がいとうを小わきにして、同じ色のダブル・ボタンの背…


  • 4.魔法使い

    0 しばらくのあいだ、ふたりともだまりこくって、青ざめた顔を、見あわせるばかりでしたが、やっと壮太郎氏は、さもいまいましそうに、「ふしぎだ。」と、つぶやきました。「ふしぎですね。」 壮一君も、おうむがえしに同じことをつぶ…


  • 5.池の中

    0 賊がピストルを投げだして、外へとびおりたのを見ると、壮太郎氏はすぐさま、窓のところへかけつけ、暗い庭を見おろしました。 暗いといっても、庭には、ところどころに、公園の常夜燈のような、電燈がついているので、人の姿が見え…


  • 6.樹上の怪人

    0 それから、池の岸で、どんなことがおこったかは、しばらく読者諸君のご想像にまかせます。 五―六分ののちには、以前の松野運転手が、なにごともなかったように、同じ池の岸に立っておりました。少し息づかいがはげしいようです。そ…


  • 7.壮二君のゆくえ

    0 松野の語ったところによりますと、けっきょく、賊は、つぎのようなとっぴな手段によって、まんまと追っ手の目をくらまし、大ぜいの見ている中をやすやすと逃げさったことがわかりました。 人々に追いまわされている間に、賊は庭の池…


  • 8.少年探偵

    0 青年運転手を帰すと、ただちに、主人の壮太郎氏夫妻、近藤老人、それに、学校の用務員さんに送られて、車をとばして帰ってきた早苗さんもくわわって、奥まった部屋に、善後処置の相談がひらかれました。もうぐずぐずしてはいられない…


  • 9.仏像の奇跡

    0 さて、お話はとんで、その夜のできごとにうつります。 午後十時、約束をたがえず、二十面相の部下の三人のあらくれ男が、あけはなったままの、羽柴家の門をくぐりました。 盗人たちは、玄関に立っている秘書などをしりめに、「お約…


  • 10.おとしあな

    0 さすがの怪盗も、これには胆をつぶしました。相手が人間ならばいくらピストルを向けられてもおどろくような賊ではありませんが、古い古い鎌倉時代の観音さまが、いきなり動きだしたのですから、びっくりしないではいられません。 び…


  • 11.七つ道具

    0 小林少年はほとんど二十分ほどのあいだ、地底の暗やみの中で、ついらくしたままの姿勢で、じっとしていました。ひどく腰を打ったものですから、痛さに身動きする気にもなれなかったのです。 そのまに、天井では、二十面相がさんざん…


  • 12.伝書バト

    0 小林少年はふと目をさますと、部屋のようすが、いつもの探偵事務所の寝室とちがっているので、びっくりしましたが、たちまちゆうべのできごとを思いだしました。「ああ、地下室に監禁されていたんだっけ。でも、地下室にしちゃあ、へ…


  • 13.奇妙な取りひき

    0 「少年探偵さん、どうだったね、ゆうべの寝ごこちは。ハハハ……、おや、窓になんだか黒いひもがぶらさがっているじゃないか。ははあ、用意のなわばしごというやつだね。感心、感心、きみは、じつに考えぶかい子どもだねえ。だが、そ…


  • 14.小林少年の勝利

    0 二十面相は、おとし戸のところにしゃがんだまま、今、とりあげたばかりのピストルを、手のひらの上でピョイピョイとはずませながら、とくいの絶頂でした。そして、なおも小林少年をからかってたのしもうと、何かいいかけたときでした…


  • 15.おそろしき挑戦状

    0 戸山ヶ原の廃屋の捕り物があってから二時間ほどのち、警視庁の陰気な調べ室で、怪盗二十面相の取り調べがおこなわれました。なんの飾りもない、うす暗い部屋に机が一脚、そこに中村捜査係長と老人に変装したままの怪盗と、ふたりきり…


  • 16.美術城

    0 伊豆半島の修善寺温泉から四キロほど南、下田街道にそった山の中に、谷口村というごくさびしい村があります。その村はずれの森の中に、みょうなお城のようないかめしいやしきが建っているのです。 まわりには高い土塀をきずき、土塀…


  • 17.名探偵明智小五郎

    0 ネズミ色のトンビに身をつつんだ、小がらの左門老人が、長い坂道をチョコチョコと走らんばかりにして、富士屋旅館についたのは、もう午後一時ごろでした。「明智小五郎先生は?」とたずねますと、裏の谷川へ魚釣りに出かけられました…


  • 18.不安の一夜

    0  日下部左門老人が、修善寺でやとった自動車をとばして、谷口村の「お城」へ帰ってから、三十分ほどして、明智小五郎の一行が到着しました。 一行は、ピッタリと身にあう黒の洋服に着かえた明智探偵のほかに、背広服のくっきょうな…


  • 19.悪魔の知恵

    0 ああ、またしてもありえないことがおこったのです。二十面相というやつは、人間ではなくて、えたいのしれないお化けです。まったく不可能なことを、こんなにやすやすとやってのけるのですからね。 明智はツカツカと部屋の中へはいっ…


  • 20.巨人と怪人

    0 美術城の事件があってから半月ほどたった、ある日の午後、東京駅のプラットホームの人ごみの中に、ひとりのかわいらしい少年の姿が見えました。ほかならぬ小林芳雄君です。読者諸君にはおなじみの明智探偵の少年助手です。 小林君は…


  • 21.トランクとエレベーター

    0 名探偵は、プラットホームで賊をとらえようと思えば、なんのわけもなかったのです。どうして、この好機会を見のがしてしまったのでしょう。読者諸君は、くやしく思っているかもしれませんね。 しかし、これは名探偵の自信がどれほど…


  • 22.二十面相の逮捕

    0 「あ、明智さん、今、あなたをおたずねするところでした。あいつは、どこにいますか。」 明智探偵は、鉄道ホテルから五十メートルも歩いたか歩かぬかに、とつぜん呼びとめられて、立ちどまらなければなりませんでした。「ああ、今西…


  • 23.「わしがほんものじゃ」

    0 「この人でした。この人にちがいありません。」 小林君は、キッパリと答えました。「ハハハ……、どうだね、きみ、子どもの眼力にかかっちゃかなわんだろう。きみが、なんといいのがれようとしたって、もうだめだ。きみは二十面相に…


  • 24.二十面相の新弟子

    0 明智小五郎の住宅は、港区竜土町の閑静なやしき町にありました。名探偵は、まだ若くて美しい文代夫人と、助手の小林少年と、お手伝いさんひとりの、質素な暮らしをしているのでした。 明智探偵が、外務省からある友人の宅へたちよっ…


  • 25.名探偵の危急

    0 「ええ、なんだって、あの野郎をひっさらうんだって、そいつあおもしれえ。ねがってもないことだ。手つだわせてくんねえ。ぜひ手つだわせてくんねえ。で、それはいったい、いつのことなんだ。」 赤井寅三は、もうむちゅうになってた…


  • 26.怪盗の巣くつ

    0 賊の手下の美しい婦人と、乞食と、赤井寅三と、気をうしなった明智小五郎とを乗せた自動車は、さびしい町さびしい町とえらびながら、走りに走って、やがて、代々木の明治神宮を通りすぎ、暗い雑木林の中にポツンと建っている、一軒の…


  • 27.少年探偵団

    0 翌朝になっても明智探偵が帰宅しないものですから、るす宅は大さわぎになりました。 探偵が同伴して出かけた、事件依頼者の婦人の住所がひかえてありましたので、そこをしらべますと、そんな婦人なんか住んでいないことがわかりまし…


  • 28.午後四時

    0 少年探偵団のけなげな捜索は、日曜、月曜、火曜、水曜と、学校の余暇を利用して、忍耐強くつづけられましたが、いつまでたっても、これという手がかりはつかめませんでした。 しかし、東京中の何千人というおとなのおまわりさんにさ…


  • 29.名探偵の狼藉

    0 「え、え、きみは何をいっているんだ。何もぬすまれてなんかいやしないじゃないか。ぼくは、つい今しがた、この目で陳列室をずっと見まわってきたばかりなんだぜ。それに、博物館のまわりには、五十人の警官が配置してあるんだ。ぼく…


  • 30.種明し

    0 「ですが、わたしどもには、どうもわけがわからないのです。あれだけの美術品を、たった一日のあいだに、にせものとすりかえるなんて、人間わざでできることではありません。まあ、にせもののほうは、まえまえから、美術学生かなんか…


  • 31.怪盗捕縛

    0 「だが、明智君。」 警視総監は、説明が終わるのを待ちかまえていたように、明智探偵にたずねました。「きみはまるで、きみ自身が二十面相ででもあるように、美術品盗奪の順序をくわしく説明されたが、それはみんな、きみの想像なの…


この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。