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少年探偵団

 江戸川乱歩著 出版:1937年

東京に現れた「黒い魔物」により次々と少女が誘拐されていく。少年探偵団と明智先生によって犯人を追いかけるのだが。。

江戸川乱歩の代表作。

5.黒い手

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そのとき、始君は何を見たのか、アッと小さいさけび声をたてて、おとうさまのうしろの床の間を見つめたまま、化石したようになってしまいました。その始君の顔といったらありませんでした。まっさおになってしまって、目がとびだすように大きくひらいて、口をポカンとあけて、まるできみの悪い生き人形のようでした。

 おとうさまもおかあさまも、始君のようすにギョッとなすって、いそいで、床の間のほうをごらんになりましたが、すると、おふたりの顔も、始君とおなじような、おそろしい表情にかわってしまいました。

 ごらんなさい。

 床の間のわきの書院窓が、音もなく細めにひらいたではありませんか。そして、そのすきまから、一本の黒い手が、ニューッとつきだされたではありませんか。

「アッ、いけない。」

 と思うまもあらせず、その手は、花台の宝石箱をわしづかみにしました。そして、黒い手はしずかに、また、もとの障子のすきまから消えていってしまいました。黒い魔物は、大胆不敵にも三人の目の前で、のろいの宝石をうばいさったのです。

 おとうさまも、始君も、あまりの不意うちに、すっかりどぎもをぬかれてしまって、黒い手にとびかかるのはおろか、座を立つことすらわすれて、ぼうぜんとしていましたが、黒い手がひっこんでしまうと、やっと正気をとりもどしたように、まずおとうさまが、

「今井君、今井君、くせ者だ、早く来てくれ……。」

 と、大きな声で秘書をおよびになりました。

「あなた、緑ちゃんに、もしものことがあっては……。」

 おかあさまの、うわずったお声です。

「ウン、おまえもおいで。」

 おとうさまは、すぐさまふすまをひらいて、おかあさまといっしょに、緑ちゃんのいる、部屋へかけこんで行かれましたが、さいわい緑ちゃんにはなにごともありませんでした。

 いっぽう、おとうさまの声に、急いでかけつけた秘書の今井と、始君とは、廊下のガラス戸が一枚あいたままになっていましたので、そこから庭へとびおりて、くせ者を追跡しました。

 黒い魔物は、つい目の前を走っています。暗い庭の中で、まっ黒なやつを追うのですから、なかなか骨が折れましたが、さいわい、庭のまわりは、とても乗りこせないような、高いコンクリート塀で、グルッと、とりかこまれていますので、くせ者を塀ぎわまで追いつめてしまえば、もう、こっちのものなのです。

 案のじょう、くせ者は塀に行きあたって当惑したらしく、方向をかえて、塀の内がわにそって走りだしました。塀ぎわには、背の高い青ギリだとか、低くしげっているツツジだとか、いろいろな木が植えてあります。くせ者はその木立ちをぬって、低いしげみはとびこえて、風のように走っていきます。

 ところが、そうして少し走っているあいだに、じつにふしぎなことがおこりました。くせ者の黒い姿が、ひとつの低いしげみをとびこしたかと思うと、まるで、忍術使いのように、消えうせてしまったのです。

 始君たちは、きっとしげみのかげに、しゃがんでかくれているのだろうと思って、用心しながら近づいていきましたが、そこにはだれもいないことがわかりました。くせ者は蒸発してしまったとしか考えられません。

 しばらくすると、電話の知らせで、ふたりのおまわりさんがやってきましたが、そのおまわりさんと、家中のものが手分けをして、懐中電燈の光で、庭のすみずみまでさがしたのですけれど、やっぱりあやしい人影は発見できませんでした。むろん宝石をとりもどすこともできなかったのです。

 これがインド人の魔法なのでしょうか。魔法ででもなければ、こんなにみごとに消えうせてしまうことはできますまい。

 読者諸君は、いつかの晩、篠崎始君の友だちの桂正一君が、養源寺の墓地の中で、黒い魔物を見うしなったことを記憶されるでしょう。こんどもあのおりとまったく同じだったのです。くせ者は追っ手の目の前で、やすやすと姿を消してしまったのです。

 ああ、インド人の魔法。インド人は、始君のおとうさまがおっしゃったように、ほんとうにそんな魔術が使えるのでしょうか。もしかしたら、このあまりに手ぎわのよい消失には、何かしら思いもよらない手品の種があったのではないでしょうか。

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  • 1. 黒い魔物

    0 そいつは全身、墨を塗ったような、おそろしくまっ黒なやつだということでした。 「黒い魔物」のうわさは、もう、東京中にひろがっていましたけれど、ふしぎにも、はっきり、そいつの正体を見きわめた人は、だれもありませんでした。…


  • 2. 怪物追跡

    0 やみと同じ色をした怪物が、東京都のそこここに姿をあらわして、やみの中で、白い歯をむいてケラケラ笑うという、うすきみの悪いうわさが、たちまち東京中にひろがり、新聞にも大きくのるようになりました。  年とった人たちは、き…


  • 3. 人さらい

    0 墓地のできごとがあってから二日の後、やっぱり夜の八時ごろ、篠崎始君のおうちの、りっぱなご門から、三十歳ぐらいの上品な婦人と、五つぐらいのかわいらしい洋装の女の子とが、出てきました。婦人は始君のおばさん、女の子は小さい…


  • 4. のろいの宝石

    0 さて、門の前に遊んでいた女の子がさらわれた、その夜のことです。篠崎始君のおとうさまは、ひじょうに心配そうなごようすで、顔色も青ざめて、おかあさまと始君とを、ソッと、奥の座敷へお呼びになりました。  始君は、おとうさま…


  • 5.黒い手

    0 そのとき、始君は何を見たのか、アッと小さいさけび声をたてて、おとうさまのうしろの床の間を見つめたまま、化石したようになってしまいました。その始君の顔といったらありませんでした。まっさおになってしまって、目がとびだすよ…


  • 6.ふたりのインド人

    0 さわぎのうちに一夜がすぎて、その翌日は、篠崎家の内外に、アリも通さぬ、げんじゅうな警戒がしかれました。緑ちゃんは、奥の一間にとじこめられ、障子をしめきって、おとうさま、おかあさまは、もちろん、ふたりの秘書、ばあやさん…


  • 7.銀色のメダル

    0 小林君は、まるでキツネにつままれたような気持でした。さいぜん、篠崎家の門前で、自動車に乗るときには、秘書も運転手も、たしかに白い日本人の顔でした。いくらなんでも、運転手がインド人とわかれば、小林君がそんな車に乗りこむ…


  • 8.少年捜索隊

    0 ちょうどそのころ、篠崎君のおうちの近くの、養源寺の門前を、六人の小学校上級生が、何か話しながら歩いていました。  先頭に立っているのは、篠崎君の親友の、よくふとった桂正一君です。桂君は、学校で篠崎君からこんどの事件の…


  • 9.地下室

    0 お話かわって、地下室に投げこまれた小林君と緑ちゃんとは、まっくらやみの中で、しばらくは身動きをする勇気もなく、グッタリとしていましたが、やがて目が暗やみになれるにしたがって、うっすらとあたりのようすがわかってきました…


  • 10.消えるインド人

    0 ちょうどそのころ、篠崎始君や、相撲選手の桂正一君や、羽柴壮二君などで組織された、七人の少年捜索隊は、早くもインド人の逃走した道すじを、発見していました。  それは小林君が、インド人に、かどわかされる道々、自動車の上か…


  • 11.四つのなぞ

    0 世田谷の洋館でインド人が消えうせた翌々日、探偵事件のために東北地方へ出張していた明智名探偵は、しゅびよく事件を解決して東京の事務所へ帰ってきました。  帰るとすぐ、探偵は旅のつかれを休めようともしないで、書斎に助手の…


  • 12.さかさの首

    0 明智探偵は、ふたりのインド人に部屋を貸していた洋館の主人春木氏に、一度会っていろいろきいてみたいというので、さっそく同氏に電話をかけて、つごうをたずねますと、昼間は少しさしつかえがあるから、夜七時ごろおいでくださいと…


  • 13.屋上の怪人

    0 明智探偵は何も知らずに話しつづけました。 「あべこべといいますのはね、この事件の犯人は、彼が見せかけようとしたり、広告したりしたのとは、まるで反対なものではないかということです。  つまり、犯人は黒いインド人ではなく…


  • 14.悪魔の昇天

    0 中村係長は怪盗が何をいおうと、そんな口あらそいには応じませんでした。賊はなんの意味もない、からいばりをしているのだと思ったからです。そこで、屋上の警官たちに、いよいよ最後の攻撃のさしずをしました。 それと同時に、十数…


  • 15.怪軽気球の最後

    0 「二十面相、空中にのがる」との報が伝わると、警視庁や各警察署はいうまでもなく、各新聞社の報道陣は、たちまち色めきだちました。 時をうつさず、警視庁首脳部の緊急会議がひらかれ、その結果、探照燈によって賊のゆくえをつきと…


  • 16.黄金の塔

    0 二十面相は、いよいよ正体をあらわしました。そして、これからは大っぴらに、怪盗二十面相として、例の宝石や美術品ばかりをねらう、ふしぎな魔術の泥棒をはじめようというわけです。  新聞によって、これを知った東京都民は、黒い…


  • 17.怪少女

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  • 18.奇妙なはかりごと

    0 「あと、もう三日しかないぞ。」 てのひらに書かれた予告の数字に、主人大鳥氏はすっかりおどかされてしまいました。 賊は黄金塔の部屋へ苦もなくしのびいったばかりか、ねむっている主人のてのひらに、筆で文字を書きさえしたので…


  • 19.天井の声

    0 もうこれで安心です。たとえ二十面相が予告どおりにやってきたとしても、黄金塔はまったく安全なのです。賊はとくいそうににせものをぬすみだしていくことでしょう。あの大泥棒をいっぱい食わせてやるなんて、じつにゆかいではありま…


  • 20.意外また意外

    0 姿のない声が、ほんものの黄金塔のかくし場所を知っていると言ったものですから、大鳥氏は、もう気が気でなく、三人の店員たちをたちさらせますと、門野支配人とふたりで、大急ぎで畳をあけ、床板をはずし、それから、支配人にそこの…


  • 21.きみが二十面相だ!

    0 大鳥氏はびっくりして、キョロキョロと部屋の中を見まわしました。しかし、賊の姿などどこにも見あたりません。 「ハハハ……、ごじょうだんを。ここにはわしたち四人のほかには、だれもいないじゃありませんか。」  いかにも、戸…


  • 22.逃走

    0 「ハハハ……、何もおどろくことはありませんよ。二十面相は土の下へ逃げたのです。」 明智小五郎は、少しもさわがず、あっけにとられている人々を見まわして、説明しました。「エッ、土の中へ? いったいそれはどういう意味です。…


  • 23.美術室の怪

    0 二十面相がドアをあけて、玄関のホールに立ちますと、その物音を聞きつけて、ひとりの部下が顔を出しました。頭の毛をモジャモジャにのばして、顔いちめんに無精ひげのはえた、きたならしい洋服男です。 「お帰りなさい……。大成功…


  • 24.大爆発

    0 二十面相は、十一体の仏像のピストルにかこまれ、明智探偵の監視をうけながら、もうあきらめはてたように美術室の中を、フラフラと歩きまわりました。 「ああ、せっかくの苦心も水のあわか。おれは何よりも、この美術品をうしなうの…


この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。