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江戸川乱歩全集

少年探偵団

 江戸川乱歩著 出版:1937年

東京に現れた「黒い魔物」により次々と少女が誘拐されていく。少年探偵団と明智先生によって犯人を追いかけるのだが。。

江戸川乱歩の代表作。


5.黒い手


1. 黒い魔物
2. 怪物追跡
3. 人さらい
4. のろいの宝石
5.黒い手
6.ふたりのインド人
7.銀色のメダル
8.少年捜索隊
9.地下室
10.消えるインド人
11.四つのなぞ
12.さかさの首
13.屋上の怪人
14.悪魔の昇天
15.怪軽気球の最後
16.黄金の塔
17.怪少女
18.奇妙なはかりごと
19.天井の声
20.意外また意外
21.きみが二十面相だ!
22.逃走
23.美術室の怪
24.大爆発

5.黒い手

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そのとき、始君は何を見たのか、アッと小さいさけび声をたてて、おとうさまのうしろの床の間を見つめたまま、化石したようになってしまいました。その始君の顔といったらありませんでした。まっさおになってしまって、目がとびだすように大きくひらいて、口をポカンとあけて、まるできみの悪い生き人形のようでした。

 おとうさまもおかあさまも、始君のようすにギョッとなすって、いそいで、床の間のほうをごらんになりましたが、すると、おふたりの顔も、始君とおなじような、おそろしい表情にかわってしまいました。

 ごらんなさい。

 床の間のわきの書院窓が、音もなく細めにひらいたではありませんか。そして、そのすきまから、一本の黒い手が、ニューッとつきだされたではありませんか。

「アッ、いけない。」

 と思うまもあらせず、その手は、花台の宝石箱をわしづかみにしました。そして、黒い手はしずかに、また、もとの障子のすきまから消えていってしまいました。黒い魔物は、大胆不敵にも三人の目の前で、のろいの宝石をうばいさったのです。

 おとうさまも、始君も、あまりの不意うちに、すっかりどぎもをぬかれてしまって、黒い手にとびかかるのはおろか、座を立つことすらわすれて、ぼうぜんとしていましたが、黒い手がひっこんでしまうと、やっと正気をとりもどしたように、まずおとうさまが、

「今井君、今井君、くせ者だ、早く来てくれ……。」

 と、大きな声で秘書をおよびになりました。

「あなた、緑ちゃんに、もしものことがあっては……。」

 おかあさまの、うわずったお声です。

「ウン、おまえもおいで。」

 おとうさまは、すぐさまふすまをひらいて、おかあさまといっしょに、緑ちゃんのいる、部屋へかけこんで行かれましたが、さいわい緑ちゃんにはなにごともありませんでした。

 いっぽう、おとうさまの声に、急いでかけつけた秘書の今井と、始君とは、廊下のガラス戸が一枚あいたままになっていましたので、そこから庭へとびおりて、くせ者を追跡しました。

 黒い魔物は、つい目の前を走っています。暗い庭の中で、まっ黒なやつを追うのですから、なかなか骨が折れましたが、さいわい、庭のまわりは、とても乗りこせないような、高いコンクリート塀で、グルッと、とりかこまれていますので、くせ者を塀ぎわまで追いつめてしまえば、もう、こっちのものなのです。

 案のじょう、くせ者は塀に行きあたって当惑したらしく、方向をかえて、塀の内がわにそって走りだしました。塀ぎわには、背の高い青ギリだとか、低くしげっているツツジだとか、いろいろな木が植えてあります。くせ者はその木立ちをぬって、低いしげみはとびこえて、風のように走っていきます。

 ところが、そうして少し走っているあいだに、じつにふしぎなことがおこりました。くせ者の黒い姿が、ひとつの低いしげみをとびこしたかと思うと、まるで、忍術使いのように、消えうせてしまったのです。

 始君たちは、きっとしげみのかげに、しゃがんでかくれているのだろうと思って、用心しながら近づいていきましたが、そこにはだれもいないことがわかりました。くせ者は蒸発してしまったとしか考えられません。

 しばらくすると、電話の知らせで、ふたりのおまわりさんがやってきましたが、そのおまわりさんと、家中のものが手分けをして、懐中電燈の光で、庭のすみずみまでさがしたのですけれど、やっぱりあやしい人影は発見できませんでした。むろん宝石をとりもどすこともできなかったのです。

 これがインド人の魔法なのでしょうか。魔法ででもなければ、こんなにみごとに消えうせてしまうことはできますまい。

 読者諸君は、いつかの晩、篠崎始君の友だちの桂正一君が、養源寺の墓地の中で、黒い魔物を見うしなったことを記憶されるでしょう。こんどもあのおりとまったく同じだったのです。くせ者は追っ手の目の前で、やすやすと姿を消してしまったのです。

 ああ、インド人の魔法。インド人は、始君のおとうさまがおっしゃったように、ほんとうにそんな魔術が使えるのでしょうか。もしかしたら、このあまりに手ぎわのよい消失には、何かしら思いもよらない手品の種があったのではないでしょうか。

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この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。