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少年探偵団

 江戸川乱歩著 出版:1937年

東京に現れた「黒い魔物」により次々と少女が誘拐されていく。少年探偵団と明智先生によって犯人を追いかけるのだが。。

江戸川乱歩の代表作。

6.ふたりのインド人

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さわぎのうちに一夜がすぎて、その翌日は、篠崎家の内外に、アリも通さぬ、げんじゅうな警戒がしかれました。緑ちゃんは、奥の一間にとじこめられ、障子をしめきって、おとうさま、おかあさまは、もちろん、ふたりの秘書、ばあやさん、ふたりのお手伝いさんなどが、その部屋の内と外とをかためました。十いくつの目が、寸時もわき見をしないで、じっと、小さい緑ちゃんにそそがれていたのです。家の外では、しょかつ警察署の私服刑事が数名、門前や塀のまわりを見はっています。じゅうぶんすぎるほどの警戒でした。
 しかし、おとうさまもおかあさまも、まだ安心ができないのです。ゆうべの手なみでもわかるように、くせ者は忍術使いのようなやつですから、いくら警戒してもむだではないかとさえ感じられるのです。ひじょうな不安のうちに時がたって、やがて午後三時を少しすぎたころ、学校へ行っていた始君がいきおいよく帰ってきました。
「おとうさん、ただいま。緑ちゃん大じょうぶでしたか。」
「ウン、こうして、きげんよく遊んでいるよ。だがおまえは、いつもより、ひどくおそかったじゃないか。」
 おとうさまが、ふしんらしくおたずねになりました。
「ええ、それにはわけがあるんです。ぼく、学校がひけてから、明智先生のところへ行ってきたんです。」
「ああ、そうだったか。で、先生にお会いできたかい。」
「それがだめなんですよ。先生は旅行していらっしゃるんです。どっか遠方の事件なんですって。でね、小林さんに相談したんですよ。するとね、あの人やっぱり頭がいいや。うまいことを考えだしてくれましたよ。おとうさん、どんな考えだと思います。」
 始君は大とくいでした。
「さあ、おとうさんにはわからないね。話してごらん。」
「じゃ、話しますからね。おとうさん耳をかしてください。」
 そんなことはあるまいけれど、もし、くせ者に聞かれたらたいへんだというので、始君は、おとうさまの耳に口をよせて、ささやくのでした。
「あのね、小林さんはね、緑ちゃんを変装させなさいというのですよ。」
「え、なんだって、こんな小さい子どもにかい?」
 おとうさまも、思わずささやき声になっておたずねになりました。
「ええ、こうなんですよ。小林さんがいうのにはね、どこかに緑ちゃんのよくなついているおばさんか何かがないかっていうんです。でも、ぼく、そういうおばさんなら、品川区にひとりあるって言ったんです。ほら、緑ちゃんの大すきな野村のおばさんね。ぼく、あの人のことを言ったんですよ。
 すると、小林さんは、それじゃ、緑ちゃんをコッソリそのおばさんちへつれていって、しばらくあずかってもらったほうがいいっていうんです。ね、そうすれば、あいつは、この家ばかりねらっていて、むだ骨折りをするわけでしょう。
 でも、つれていくときに見つかる心配があるから、そこに手だてがいるんだっていうんですよ。それはね、まず小林さんが、近所の五つくらいの男の子を、男の子ですよ、それをつれて、ぼくんちへ遊びに来るんです。そしてね、こっそり緑ちゃんにその子の服を着せちゃって、そして、小林さんは帰りには、男の子に変装した緑ちゃんをつれて、なにくわぬ顔で家を出るんです。ね、わかったでしょう。
 でも、用心のうえにも用心をしなければいけないから、いつもよびつけの自動車を呼んで、うちの今井さんが助手席に乗って、そして、品川のおばさんちまで、ぶじに送りとどけるっていうんです。ね、うまい考えでしょう。これなら大じょうぶでしょう。」
「ウーン、なるほどね。さすがはおまえたちの団長の小林君だね。うまい考えだ。おとうさんは賛成だよ。じつはおとうさんも、緑をどっかへあずけたほうがいいとは思っていたんだ。しかし、その道があぶないので、決心がつかないんだよ。」
 おとうさまは、小林君の名案にすっかり感心なすって、おかあさまにご相談なさいました。おかあさまも、反対する理由がないものですから、しかたなく賛成なさいましたが、
「でも、そのつれてきた男の子をどうしますのよ? そのお子さんに、もしものことがあったらこまるじゃありませんか。」
 と、やっぱりささやき声でおっしゃるのです。
「それは大じょうぶですよ。あの黒いやつは緑ちゃんのほかの子は見向きもしないんですもの。たとえさらわれたって、危険はないんだし、それに、すぐあとから、また小林さんが迎えに来るっていうんです。そしてね、もう一着、似たような男の子ども服を用意しておいてね、それを着せてつれて帰るんだっていいますから、同じような男の子が二度門を出るわけですね。おもしろいでしょう。悪者は、めんくらうでしょうね。」
 この始君の説明で、おかあさまも、やっと納得なさいましたので、始君はさっそく明智事務所へ電話をかけて、あらかじめ打ちあわせておいた暗号で、小林少年にこのことを伝えました。
 さて小林君が、緑ちゃんくらいの背かっこうのかわいらしい男の子をつれて、篠崎家へやってきたのは、もう日の暮れがた時分でした。
 すぐさま奥まったひとまをしめきって、緑ちゃんの変装がおこなわれました。かわいらしいイートンスーツを着て、おかっぱの髪の毛は大きな帽子の中へかくして、たちまち勇ましい男の子ができあがりました。
 まだ五つの緑ちゃんは、何もわけがわからないものですから、生まれてから一度も着たことのないイートンスーツを着て、大よろこびです。
 すっかり支度ができますと、緑ちゃんには品川のおばさんのところへ行くんだからと、よくいいきかせたうえ、小林君は篠崎君のおとうさまから、おばさんにあてた依頼状を、たいせつにポケットに入れて、緑ちゃんの手を引いて、わざと人目にふれるように、門の外へ出ていきました。
 門の外には、もうちゃんと自動車が待っています。小林君は緑ちゃんをだいて、秘書の今井君があけてくれたドアの中へはいり、客席にこしかけました。つづいて、今井君も助手席につき、車は、エンジンの音もしずかに出発しました。
 もう外は、ほとんど暗くなっていました。道ゆく人もおぼろげです。自動車はしばらく電車道を通っていましたが、やがて、さびしい横町に折れ、ひじょうな速力で走っています。
 見ていると、両がわの人家がだんだんまばらになり、ひどくさびしい場所へさしかかりました。
「運転手さん、方向がちがいやしないかい。」
 小林君は、みょうに思って声をかけました。
 しかし運転手は、まるでつんぼのように、なんの返事もしないのです。
「おい、運転手さん、聞こえないのか。」
 小林君は、思わず大声でどなりつけて、運転手の肩をたたきました。すると、
「よく聞こえています。」
 という返事といっしょに、運転手と今井君とが、ヒョイとうしろをふりむきました。
 ああ、その顔! 運転手も今井君も、まるで、えんとつの中からはいだしたように、まっ黒な顔をしていたではありませんか。そして、ふたりは、申しあわせでもしたように、同時にまっ白な歯をむきだして、あのゾッとそうけだつような笑いで、ケラケラケラと笑いました。読者諸君、それはふたりのインド人だったのです。
 しかし、運転手はともかくとして、今井君までが、ついさきほど自動車のドアをあけてくれた今井君までが、いつのまにか黒い魔物にかわってしまったのです。まったく不可能なことです。これも、あのインド人だけが知っている、摩訶不思議の妖術なのでしょうか。

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  • 1. 黒い魔物

    0 そいつは全身、墨を塗ったような、おそろしくまっ黒なやつだということでした。 「黒い魔物」のうわさは、もう、東京中にひろがっていましたけれど、ふしぎにも、はっきり、そいつの正体を見きわめた人は、だれもありませんでした。…


  • 2. 怪物追跡

    0 やみと同じ色をした怪物が、東京都のそこここに姿をあらわして、やみの中で、白い歯をむいてケラケラ笑うという、うすきみの悪いうわさが、たちまち東京中にひろがり、新聞にも大きくのるようになりました。  年とった人たちは、き…


  • 3. 人さらい

    0 墓地のできごとがあってから二日の後、やっぱり夜の八時ごろ、篠崎始君のおうちの、りっぱなご門から、三十歳ぐらいの上品な婦人と、五つぐらいのかわいらしい洋装の女の子とが、出てきました。婦人は始君のおばさん、女の子は小さい…


  • 4. のろいの宝石

    0 さて、門の前に遊んでいた女の子がさらわれた、その夜のことです。篠崎始君のおとうさまは、ひじょうに心配そうなごようすで、顔色も青ざめて、おかあさまと始君とを、ソッと、奥の座敷へお呼びになりました。  始君は、おとうさま…


  • 5.黒い手

    0 そのとき、始君は何を見たのか、アッと小さいさけび声をたてて、おとうさまのうしろの床の間を見つめたまま、化石したようになってしまいました。その始君の顔といったらありませんでした。まっさおになってしまって、目がとびだすよ…


  • 6.ふたりのインド人

    0 さわぎのうちに一夜がすぎて、その翌日は、篠崎家の内外に、アリも通さぬ、げんじゅうな警戒がしかれました。緑ちゃんは、奥の一間にとじこめられ、障子をしめきって、おとうさま、おかあさまは、もちろん、ふたりの秘書、ばあやさん…


  • 7.銀色のメダル

    0 小林君は、まるでキツネにつままれたような気持でした。さいぜん、篠崎家の門前で、自動車に乗るときには、秘書も運転手も、たしかに白い日本人の顔でした。いくらなんでも、運転手がインド人とわかれば、小林君がそんな車に乗りこむ…


  • 8.少年捜索隊

    0 ちょうどそのころ、篠崎君のおうちの近くの、養源寺の門前を、六人の小学校上級生が、何か話しながら歩いていました。  先頭に立っているのは、篠崎君の親友の、よくふとった桂正一君です。桂君は、学校で篠崎君からこんどの事件の…


  • 9.地下室

    0 お話かわって、地下室に投げこまれた小林君と緑ちゃんとは、まっくらやみの中で、しばらくは身動きをする勇気もなく、グッタリとしていましたが、やがて目が暗やみになれるにしたがって、うっすらとあたりのようすがわかってきました…


  • 10.消えるインド人

    0 ちょうどそのころ、篠崎始君や、相撲選手の桂正一君や、羽柴壮二君などで組織された、七人の少年捜索隊は、早くもインド人の逃走した道すじを、発見していました。  それは小林君が、インド人に、かどわかされる道々、自動車の上か…


  • 11.四つのなぞ

    0 世田谷の洋館でインド人が消えうせた翌々日、探偵事件のために東北地方へ出張していた明智名探偵は、しゅびよく事件を解決して東京の事務所へ帰ってきました。  帰るとすぐ、探偵は旅のつかれを休めようともしないで、書斎に助手の…


  • 12.さかさの首

    0 明智探偵は、ふたりのインド人に部屋を貸していた洋館の主人春木氏に、一度会っていろいろきいてみたいというので、さっそく同氏に電話をかけて、つごうをたずねますと、昼間は少しさしつかえがあるから、夜七時ごろおいでくださいと…


  • 13.屋上の怪人

    0 明智探偵は何も知らずに話しつづけました。 「あべこべといいますのはね、この事件の犯人は、彼が見せかけようとしたり、広告したりしたのとは、まるで反対なものではないかということです。  つまり、犯人は黒いインド人ではなく…


  • 14.悪魔の昇天

    0 中村係長は怪盗が何をいおうと、そんな口あらそいには応じませんでした。賊はなんの意味もない、からいばりをしているのだと思ったからです。そこで、屋上の警官たちに、いよいよ最後の攻撃のさしずをしました。 それと同時に、十数…


  • 15.怪軽気球の最後

    0 「二十面相、空中にのがる」との報が伝わると、警視庁や各警察署はいうまでもなく、各新聞社の報道陣は、たちまち色めきだちました。 時をうつさず、警視庁首脳部の緊急会議がひらかれ、その結果、探照燈によって賊のゆくえをつきと…


  • 16.黄金の塔

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  • 17.怪少女

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  • 19.天井の声

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  • 20.意外また意外

    0 姿のない声が、ほんものの黄金塔のかくし場所を知っていると言ったものですから、大鳥氏は、もう気が気でなく、三人の店員たちをたちさらせますと、門野支配人とふたりで、大急ぎで畳をあけ、床板をはずし、それから、支配人にそこの…


  • 21.きみが二十面相だ!

    0 大鳥氏はびっくりして、キョロキョロと部屋の中を見まわしました。しかし、賊の姿などどこにも見あたりません。 「ハハハ……、ごじょうだんを。ここにはわしたち四人のほかには、だれもいないじゃありませんか。」  いかにも、戸…


  • 22.逃走

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  • 23.美術室の怪

    0 二十面相がドアをあけて、玄関のホールに立ちますと、その物音を聞きつけて、ひとりの部下が顔を出しました。頭の毛をモジャモジャにのばして、顔いちめんに無精ひげのはえた、きたならしい洋服男です。 「お帰りなさい……。大成功…


  • 24.大爆発

    0 二十面相は、十一体の仏像のピストルにかこまれ、明智探偵の監視をうけながら、もうあきらめはてたように美術室の中を、フラフラと歩きまわりました。 「ああ、せっかくの苦心も水のあわか。おれは何よりも、この美術品をうしなうの…


この作品は現在パブリックドメインのため、古典の本棚に掲載しております。